日本学士院

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日本学士院学術奨励賞の受賞者決定について

日本学士院は、優れた研究成果をあげ、今後の活躍が特に期待される若手研究者6名に対して、第7回(平成22年度)日本学士院学術奨励賞を授与することを決定しましたので、お知らせいたします。

氏名 葛山 智久 (くずやま ともひさ) 葛山 智久
生年月 昭和41年7月(44歳)
現職 東京大学生物生産工学研究センター 准教授
専門分野 天然物化学
研究課題 微生物の多様なテルペノイド生合成機構の解明
選考理由

生物の生命活動に重要なステロイドをはじめとするテルペノイドは、かつては全てメバロン酸経路で生合成されるとされていましたが、1990年代に入って大腸菌をはじめとする一部の細菌でメバロン酸を経由しない未知経路の存在が標識グルコースの取込実験などから示唆されました。葛山智久氏は、この未知経路の各段階酵素の遺伝子を独自の工夫によってクローン化し、メチルエリスリトールリン酸(MEP)の合成に続く各中間体を精密な化学的手法によって同定することで、その全貌の解明に大きく貢献しました。また、この経路の特異的阻害剤として抗生物質ホスミドマイシンを見出し、解析試薬としての有用性を示しました。さらに放線菌におけるメバロン酸経路をはじめとするテルペノイド生合成に関与する新規性の高い酵素を次々に発見して、その機能・構造的多様性を明らかにしました。これらの成果は、広くテルペノイドに関わる生化学、天然物化学、微生物学の領域に大きなインパクトを与えると同時に、MEP経路を分子標的とした創薬などの新しい応用の可能性を提示したもので今後の発展が期待されます。

氏名 齊藤 英治 (さいとう えいじ) 齊藤 英治
生年月 昭和46年12月(39歳)
現職 東北大学金属材料研究所 教授
専門分野 固体物理
研究課題

スピン流物理現象及び応用技術の開拓

選考理由

齊藤英治氏は、スピン流の直接検出手法を発見しました。近年、電子のスピン角運動量の流れであるスピン流のもたらす物性の実験研究が世界的規模で進められていますが、その源流となるのが、齊藤氏による上記の発見です。同氏の逆スピンホール効果の発見及び体系的な研究によって、はじめてスピン流を直接検出し定量することが可能になりました。従来、スピン流を利用することで消費電力が少なく不揮発な情報記憶、処理技術を構築できることは予言されていましたが、スピン流はその検出すら不可能でありました。この状況を一気に打破したのは、齊藤氏による逆スピンホール効果の発見とその系統的研究です。同氏自身もこの手法を利用し、スピンゼーベック効果の発見、絶縁体のスピン流伝導の発見等スピントロニクスの方向性を決定付けた実験を次々と成功させています。
上記の研究により齊藤氏は日本の先端科学技術分野における存在感を大きく高めました。

氏名 松浦 健二 (まつうら けんじ) 松浦 健二
生年月 昭和49年6月(36歳)
現職

岡山大学大学院環境学研究科 准教授

専門分野 昆虫生態学
研究課題 シロアリの社会生態の総合的解明とその応用
選考理由

社会性昆虫の社会構造や行動生態の研究はハチ目の昆虫を中心に展開されてきましたが、同じ社会性昆虫であるシロアリについては多くの謎が残されていました。松浦健二氏は、ヤマトシロアリの社会生態の解明に特筆すべき多くの成果を挙げてきました。その第一は、シロアリの多くの巣の繁殖中枢を採集し、女王・王・働き蟻などの血縁関係を調べ、女王による単為生殖と有性生殖の使い分けによる女王継承システムと繁殖構造を明らかにしたことです。第二は、シロアリの卵に擬態を示す菌核菌を発見し、その卵擬態のメカニズムを解明し、得られた知見を利用して擬似卵によるシロアリ駆除技術を開発したことです。第三は、シロアリの卵認識フェロモンを分析し、その本体がリゾチームとB-グルコシダーゼであることを突き止め、タンパク性フェロモンの存在を証明したことです。この一連の研究業績は、シロアリ独自の繁殖戦略と生態行動を明らかにするとともに、擬似卵を用いる革新的な害虫駆除技術を確立したもので、今後の生物学や農学の発展に大きく貢献することが期待されます。

氏名 森 肇志 (もり ただし) 森 肇志
生年月 昭和45年1月(41歳)
現職 東京大学大学院法学政治学研究科 准教授
専門分野 国際法学
研究課題 国際法上の自衛権概念の歴史的展開
選考理由

国際法上の自衛権は、武力行使の国際法的規制の重要問題でありながら、国連憲章51条に規定された「個別的及び集団的自衛権」の意味内容、同条の自衛権と国際慣習法上の自衛権との関係、自衛権の起源などが十分解明されておらず、議論に混乱が生じています。
森肇志氏は、そのような理論状況を打破するため、自衛権の先例とされる国際判例・国際紛争事例、自衛権を論じた外交交渉、自衛権に関する条約の起草過程等に関して、政府・国際機関の公刊資料と各国公文書館や国際機関の資料館等の未公開資料を渉猟し、自衛権概念に関する徹底した歴史的実証研究を試みました。
その結果、まず19世紀において、私人による侵害が所在する他国に対する領域侵害を正当化する治安措置型自衛権が生成し、次いで世界大戦間において、戦争の違法化を背景として、武力侵略に対する抵抗としての武力行使を正当化する防衛戦争型自衛権が個別的自衛権と集団的自衛権という二つの下位概念と共に成立したことを明らかにしました。これらの自衛権概念の区別は、国連憲章51条には明示されていませんが、同憲章の制定過程の中では言及されて同条の基層をなしていることを明らかにしています。
森氏の研究は、世界的レベルで国際法上の自衛権概念の解明に大きく寄与するものです。

氏名 山中 由里子 (やまなか ゆりこ) 山中 由里子
生年月 昭和41年1月(45歳)
現職 人間文化研究機構国立民族学博物館 准教授
専門分野 比較文学比較文化
研究課題 中世中東世界におけるアレクサンドロス大王像の比較文学比較文化研究
選考理由

山中由里子氏の主著『アレクサンドロス変相―古代から中世イスラームへ』が扱うのは、歴史と虚構の狭間の大王像受容の実態であり、それを導いた要因の解明です。山中氏はギリシア語、アラビア語、ペルシア語をはじめさまざまな言語で書かれた厖大な資料を渉猟し、大王言説の東方への伝播過程を辿るところから入ります。そして聖人、破壊者、哲人王等の「顔」に大王像を分け、夫々の顔が形成された時期や背景、その理由を多面的に問うています。この書は「巨大で入り組んだジグソーパズル」の約半分、主として政治権力に関わる部分の成果報告ですが、これだけで本文約40万字、注・文献としてそこにさらに26万字程度が加わる長大な著作です。
アレクサンドロスなみに人間の能力の限界に挑む力業ながら、気宇広大にして史料の読みは深く、議論も周到、全体のレヴェルは高く、若手研究者がまさに範とすべき業績です。

氏名 渡部 平司 (わたなべ へいじ) 渡部 平司
生年月

昭和40年8月(45歳)

現職

大阪大学大学院工学研究科 教授

専門分野 ナノエレクトロニクス
研究課題 半導体表面・界面科学を基軸とした次世代エレクトロニクスの創成
選考理由

渡部平司氏は、今日の高度情報化社会の当面する消費電力急増の問題に対処して、次世代グリーンエレクトロニクスを開発し、かつ超高速演算を行う半導体集積デバイスの高性能化を達成する必要があるとしました。
そのため、次世代MOSデバイスを構成する超薄膜SiO2ゲート絶縁膜の開発が重要でありました。そこで渡部氏は集束電子線を用いたナノ界面観測技術を考案、これを駆使し、次世代MOSデバイスの基礎となるSiO2ゲート絶縁膜の設計指針を提示しました。更にMOSデバイスの超低消費電力化を可能とする世界初のHigh-k絶縁膜搭載の高性能LSIの実用化に貢献しました。
これらは現在の半導体デバイスの当面する物理限界を拡げる学術的成果であり、かつグリーンエレクトロニクスの開発と、省エネルギーや高度情報化社会に優れたインパクトを与えました。
渡部氏は、基礎研究とその成果を社会に役立つ「物づくり技術」に繋ぐことを目指し、次世代を担う大学院学生の教育にも生かしており、その成果は大いに期待されます。