日本学士院

PJA ニュースレター No.15

座談会 中村栄三・津田雄一  (聞き手) 家 正則・深尾良夫

 無人小惑星探査機「はやぶさ」の奇跡的な地球帰還から4年後の2014年、小惑星リュウグウのサンプルを持ち帰る新たなミッションを掲げ「はやぶさ2」が打ち上げられました。有機物や水を多く含んでいると推定されるリュウグウは、その形成や進化を知ることによって地球の水や生命の起源を解明する重要な手がかりを与えると期待されています。そして2020年、「はやぶさ2」は無事帰還し、その半年後から回収試料の解析が始まりました。2022年になりその解析結果が公表され、私たちは新たな太陽系物質科学の進展に胸をおどらせることとなりました。中でも岡山大学惑星物質研究所の中村栄三教授や「はやぶさ2」プロジェクトリーダーの津田雄一博士のグループが本誌Vol. 98 No. 6に発表した論文「On the origin and evolution of the asteroid Ryugu: A comprehensive geochemical perspective」は大反響を呼び起こしました。今回は、その中村教授と津田博士をお招きし、日本学士院の家正則(国立 天文台名誉教授)と深尾良夫(東京大学名誉教授)の両会員がお話をうかがいます。

座談会集合写真

なぜ「Nature」でなく「PJA-B」に?

深尾:「はやぶさ2」の大成功の中でも、とりわけサンプルリターンのインパクトは大きいと思います。その回収試料解析に携わった中村さんたちの論文への反響がすごく、SNS上では「なぜ『Nature』や『Science』など世界的な雑誌ではなく、聞いたこともない『PJA-B』なのか」という反応がありました。日本学士院の先生方の間でも「なぜ我が紀要に投稿していただけたのか」という声が上がったりしました。そういったところから中村さん、お願いいたします。

中村:私がポスドクをしていたパリから日本に帰ってきたのは1987年秋ですが、日本の地球宇宙化学やサンプルリターン計画はNASAやESA(欧州宇宙機関)に比べて大変遅れていました。火星のサンプルリターンが2013年に実施されると言われていた頃で、どこよりも分析技術が優れていれば我々も日本からでも参加できるのに、と思ったことを覚えています。幸い、田舎(鳥取県三朝町にある現岡山大学惑星物質研究所)に職を得ることが出来ましたので、その夢を実現するべく分析体制を整え始め、現在に至っています。
最初に論文の投稿先を考えたのは、2003年に打ち上げられたはやぶさ1号機によって、2010年に持ち帰ることになる小惑星イトカワ回収試料の初期分析に参画したときでした。分析の準備段階において、回収試料のキュレーション委員長をされていた久城育夫先生(学士院会員)を中心に、模擬試料を用いた分析結果をもとに、各個人またはグループの分析能力を評価して初期分析への参加者が決められました。

深尾:それはいつごろのことですか。

中村:2000年から2001年にかけてです。当時から国家プロジェクトに参画している意識が強くて、私はその模擬試料分析の結果を日本の雑誌で公表したいと考え、日本のできたばかりの英文雑誌に出そうとしたのですが、受け入れられなかった。それを基に実施した実際のイトカワ試料の初期分 析結果も投稿先が議論されることなく、『Science』に投稿されました。私たちはその後『Proceedings of the National Academy of the United State of America』など外国の雑誌で公表したのですが、日本人としてはあまり面白くない。今回、津田さんがやってくれた完璧なサンプルリターンは「はやぶさ」同様国家プロジェクトなので、今度こそは最初の分析結果は納税者である日本の国民の皆さんに論文として公表したいという思いがありました。

津田:私は2003年、はやぶさ1号機が打ち上がる1カ月前に宇宙科学研究所に入りました。幸い1号機のミッションに打ち上げから関わり、私はオペレーション担当で、中村先生とはミッションのどこかでお会いしていて、「すごく熱い先生がいるなあ」と思いました。2号機ではプロジェクトエンジニアとして設計をリードする立場で、当初から「面白いミッションにしようよ」と声をかけていただきました。着陸に成功し地球帰還も見えてくると、「準備はできている。あとは帰ってきさえすれば、しっかり分析はやる」と。プレッシャーでした(笑)。
帰還後、世界的な成果の論文を最初に出すのはやはり世界で一級といわれているところという議論になり、そこに誰も疑問を持たない。しかし、中村先生から「これ、日本のミッションだよね」と言われ、ハッとさせられました。中村先生は「これは一級の成果に必ずなるから、この論文が出たところが世の中から見てもらえる場所になる」とおっしゃっていました。それを実行していただいたのが、PJA-Bだったと私は考えています。

:PJA-Bは、天文学から医学、生物学、化学など全分野をカバーしている特殊な雑誌で、専門性の高い論文は投稿しにくい。最近は、オリジナルな論文がほとんどなくなって、とても心配していました。ですから、中村先生の論文は本当に衝撃的でした。国家プロジェクトにあたるようなものについては、やっぱり学士院の紀要にちゃんとした論文を書いてほしいと思っています。「はやぶさ2」もまさにそういう位置づけなので、大変ありがたかったですね。中村先生の高い見識に衝撃を受けました。

中村:今回は津田先生が中心になって“完璧以上”の成果を出し、サンプルを届けてくれたわけです。「手土産はもう詰めたので、待っていてください」という自信あふれる言葉が返ってきたのを思い出しますよ。

津田:(笑)

深尾:これだけ成功すると、当分、分析には困らないのではありませんか。逆に言うと、将来的にこのままでいいのか、その辺はどう考えればいいのでしょう。

津田:ミッションはそんなに頻繁にできるわけではありません。特に日本の場合は、早くても5年に1回。サンプルリターン系だと、下手すると10年に1回くらいです。その間ずっと分析が続き、その中から、次はこんな物が欲しいという議論が沸き起こってこなければいけない。だから、もう少しペースが速くてもいいかなという気がします。

中村:サンプルリターンの重要な点は、回収された試料は死なないというところです。ずっと残る。5年後、10年後、50年後に新しいアイディアとか分析技術が上がって、我々が想像もしないようなサイエンスになる可能性を秘めている。何かあるたびに「リュウグウの試料がある」となって、将来 のサイエンスにつながっていく。そういう意味でも非常に大きなミッションだったと思います。

津田:我々は試料を5.4 g採ってきたのですが、そのうち60%は何もせずに保管することにしています。将来、知見が増えたり分析技術が向上したりした時、物があるとそれが出来るということです。保管しておくというのも重要な役割です。

中村:もう一つ重要なのは隕石との比較です。隕石は受け身の試料で、降ってくるのを待っている。今回は人類がそこへ行き試料を採ってきた。これは我々が地球上で地質学・フィールドワークをやるのと変わらない。確かめようと思えば、リュウグウの同じ所へ行ってチェックできるわけです。科学の基本である再現性を保証できる。その極めて重要なことを成し遂げたと思いますね。

津田:実際に着陸した場所が分かっていて、どの石のどの部分を採ったかまで映像で撮れています。

中村:はやぶさ1号機も、イトカワの写真はたくさん撮っていたので、どこに行けばどういう結果が期待できるか分かっていた。僕はもう一度行こうじゃないかと言ったのですが、人類としてはやっぱり冒険したいから、同じところには……。

津田:同じ場所へ行くのは、エンジニアリングにはあんまり評判がよくないです。再現性の重要性は分かるけれど、エクスプロレーションという部分で新しい世界に期待してしまう。

深尾:次のターゲットは何ですか。

津田:まさに今、議論しているところです。サンプルリターンの目的は、太陽系の歴史や生命の歴史を見るため、始原性—昔の状態をとどめている物質をできるだけそのままの形で持ってくることに価値がある。はやぶさ1号機がイトカワからSタイプ天体の岩のようなサンプルを持って帰ってきて、 リュウグウではその一歩外側の炭素質成分を含むCタイプの天体から持ってきた。次は火星より遠くにある物が欲しいとみんな言います。ミッション的にはさらに難しくなりますが、メインベルトよりもっと遠くにはDタイプというものもある。それと彗星ですね。ハレー彗星みたいなカイパーベルトからやってきたようなものもあり得る。すると出来立ての太陽系の物質が手に入る。

中村:僕は分析しながら、リュウグウはもともと彗星で、非常に遠いところの物を持ってきていると感じていました。たまたま今、近地球型の軌道になっていると考えています。そういうことを実証するために、実際の氷の天体をそのまま採って持ち帰りたい。

アミノ酸は宇宙から来た?

:中村先生、この論文の概要を説明していただけるとありがたいのですが。

中村:大きかったのは、生の試料を汚染させることなく持って帰ってきたことです。我々は試料を個別的で専門的な視点からだけではなく、物性、化学組成、年代などを含む総合的な物質科学的解析を試みました。貴重で少量な試料ですから、ダイヤモンドの刃で微小粒子を削ることで平坦な面を作り、イオンビームや電子線などを用いたプローブ分析を行うと同時に、その過程で形成される削り滓をすべて回収し、化学処理を伴う全岩バルク元素・同位体分析を行いました。つまり、一つの試料から多くの性質の異なる情報を抽出することで、“連立方程式”を構成しそれを解くことで、リュウグウの複雑な物質進化を理解する戦略でした。リュウグウ粒子を構成する鉱物の約9割は粘土鉱物でした。その中に、いろいろな小さい鉱物が含まれ、驚くほど美しい自形結晶の集合体が見つかりました。さらに、10ミクロンを超えるサイズの有機物の塊もありました。その塊の窒素・炭素・水素の同位体を測定すると、粒子ごとのそれらの値と比べて極めて大きな変化を示すものがありました。特に、窒素の同位体比が非常に高いものと、逆に非常に低いものが共存していたことは驚きでした。このような極端に大きな同位体変動は30K~50Kの極めて低い温度環境下でないと起こりません。太陽系形成以前の星雲の中での反応と考えられます。太陽系前駆星雲にはガスと氷に取り囲まれた1ミクロン足らずの非晶質ケイ酸塩ダストが存在していたと考えられています。その氷の中で、炭素、水素、酸素、窒素が強烈な紫外線など の宇宙線と反応して(フォトシンセシス)有機物ができます。その氷で覆われたダストが衝突を繰り返し集まることで太陽系天体が誕生したわけです。

:そのミクロな粒子がそういうプロセスで合体したということですが、石になるのに何か火成岩みたいな熱いフェーズというのはなかったわけですか。

中村:それは、リュウグウ試料からは認められませんでした。リュウグウの元となった天体は極低温の太陽系前駆星雲の外縁部で氷を伴うダストが衝突集積して形成されたと考えています。

深尾:この論文の最初のレスポンス、新聞などで出てきたのは、生命の起源というところです。その話と今の有機物の大きな塊とは、どういう関係にあるのですか。

中村:そこは非常に重要でして、皆さんすぐにアミノ酸に着目したわけですが、僕は非常に不満でした。タンパク質形成に必要な必須アミノ酸を含む多くのアミノ酸を確かに検出できました。地球のものではなく宇宙から来たものです。しかし今回の論文では、生命の起源物質が地球以外の宇宙でできていて、氷天体がその進化に重要な役割を果たした可能性を示し、いわゆる生命の起源を議論する上での一つの物差しを作ったようなものだと思います。その先、すなわち生命の起源の解明まではまだすごく遠い。地球史初期に大気が薄ければ、地表付近までプラズマが到達しアミノ酸が合成される可能性もあり、今後の研究の展開を待つ必要があるでしょう。人類はまだ試験管で生命を作ることさえ出来ていませ ん。まだまだ、謎は多いのです。ただ、宇宙から生命のビルディングブロックがやって来ることが可能であることが、「はやぶさ2」によって確実に示されたのです。
では、その有機物は宇宙でどうやってできたか。天文学、特に電波天文学などの大きなテーマの一つでもあります。星雲を構成するダストを覆う氷の層に強烈な紫外線が当たると光化学反応を起こし、簡単なアミノ酸ができる。実験でもできます。そういうところでないと、同位体比がこんなに高いものと低いものを同時に作れない。しかも一つの恒星を基にしても作れない。あっちこっちで恒星が死んだり、超新星爆発(スーパーノヴァ)が起こったりして、何十億年かの歴史をもった氷を伴う埃が集まり太陽系の元となったのです。
今回、明確になったのは、氷が一度溶けないと粘土鉱物を作れないこと。水とケイ酸塩の反応でないと粘土鉱物はできないのです。じゃあどうやって氷を溶かすか。リュウグウの元の天体(氷微惑星)が形成された太陽系形成初期には、超新星爆発で形成された不安定核種のアルミニウム26(26Al)が存在していました。26Alは半減期が短く、26Mgに変換され、その際に大きな熱を放出します。それが熱源となって、氷天体の内側からどんどん氷を溶かし、微粒子として集積したケイ酸塩や金属などが反応して水の中に溶けていきます。ナノメータサイズの不溶性有機物はこの水質変質で形成された粘土鉱物中に包有物として含まれていることがデータから読み取れます。これらの不溶性有機物やサブミクロンサイズの有機物の塊は、氷微惑星形成以前に有機物を含むダスト粒子の衝突によって成長した可能性があります。固体といえども有機物は氷やケイ酸塩に比べて柔らかく破壊されにくいため、くっつきやすい性質を持つようです。この過程の解明は今後の大きな課題であると思っています。

26Alの半減期はどれくらいですか。

中村:71.7万年。すごく短いです。

:短いですね。それくらいの間に氷がいっぱいくっついて、十分な大きさのものができたわけですか。

中村:そうとしか考えられません。リュウグウの試料を電子顕微鏡で観るとスカスカで、約半分が空隙です。1回氷が溶けて、鉱物と反応させて、その後燃料の26Alがなくなるので冷えて再凍結する。その氷が宇宙空間で昇華した結果が空隙を作ったのです。

:そういうのが、表面の観察で分かるわけですか。

中村:分かります。それで、ある温度でリュウグウ試料に含まれる鉱物を全部溶かすためにはどれくらいの量の水が必要かシミュレーションを行ってみました。その結果、観察された空隙率と、シミュレーションで得られた水と鉱物の量比がだいたい一致したのです。

深尾:先ほど津田先生が言われた、遠くというのは、まだ氷の状態の、その辺までということですか。

中村:そうです。凍っている天体が必要です。

深尾:それは、木星よりも遥かに遠いのですか。

中村:木星軌道あたりからカイパーベルト(海王星の外にある小惑星帯)にあります。もう一つ重要なことがあります。炭素質隕石には太陽系内部で1000℃を超える高温で融解したものが混ざっています。今度のリュウグウ試料でも発見されていますが、詳細な岩石学的記載からそれらはリュウグウ の構成物質に後から付け加わったものであり、リュウグウの元となった氷天体はほとんど太陽系内部の影響を受けていないことが分かりました。これはすごいことです。

:それはどうして分かるのですか。

中村:カンラン石や輝石など、高温でないとできない鉱物が中に少量含まれます。もし氷が溶ける時に既に入っていたならば、その鉱物も変質して粘土鉱物になるはずですが、全く変質していないので、それはありえない。もう一つは、酸素同位体を測ってみると、リュウグウそのものとは全然違う。そこから、後で違うものが入ってきて混ざったということになります。ではいつ入ったのか。これはリュウグウが氷の彗星核として太陽系内部に移動してきたとすると実は全部説明できる。要するに、リュウグウは彗星起源であるということです。実は、ESA(欧州宇宙機関)のロゼッタミッションが氷の天体、チュリモフ・ゲラシメンコ彗星の核の詳細な観察を行って、素晴らしい情報を提供してくれました。すなわち、彗星の核からジェットが出ているんです。ジェットが出るということは、太陽光で内部温度が上昇して氷が昇華しH2O やCO2などのガスができ、ある時、爆発的にジェットが出る。ロゼッタは彗星の核の表面にはジェットに伴う最大300 m程度の陥没が多くあることを発見しました。昇華によってできた空洞を埋める形で天井が落下し、更に周りが壊れてどんどん落ちこんでいくんですね。

:撹拌が起きるのですね。

中村:そうです。上のものが下に、角運動量を保存したまま落ちる。氷の昇華に伴う崩落によって岩体が中心にどんどん集まってきますよね。そうすると自転速度が上がって、最終的には遠心力が増すことで算盤玉状になり、同時に瓦礫状(ラブルパイル)構造になったと考えられます。全く新しい形成モデルです。

深尾:カンラン石というのはどこでできるのですか。

中村:太陽系の内側、太陽に近い場所ですね。

深尾:それが遠くまでいってしまうのですか。

中村:今までは太陽の磁場に乗って遠いところ(太陽系外縁部)に放り投げられるなどと解釈されていました。太陽の近くで太陽系始原物質が溶けて液滴が形成され、それが外に向かって飛ばされ、太陽系外縁部でできつつある隕石の母天体に混入する。それが今までの考えなのですが、リュウグウの解析から、太陽付近でできたものはもともとなく、それが混入したのは最近であると考えられます。活発に活動する彗星核の表面に普通隕石や炭素質隕石が衝突し、その破片が昇華でできるジェットに含まれる地下物質と共に吹き上げられ、脱出速度以下のものが再堆積することによって取り込まれたのでしょう。その際、ガスは再び再凍結するため、取り込まれた物質は全く変質しません。Re-Os同位体分析の結 果は、リュウグウでジェットの活動があったのはごく最近(100万年以内?)であったことを示唆しています。

:あの数粒から歴史を読み解くというのはすごいことですね。

中村:さらに今回は、「はやぶさ2」は表面にタッチダウンした際にタンタル製の弾丸をリュウグウ表面に撃って試料を採取しています。2回目は、銅板をリュウグウ表面に衝突させてクレーターを作った後、周辺に飛び散ったと考えられる地下物質を回収しました。

津田:2 kgの銅板ですね。

中村:秒速2 kmのスピードで表面にぶつけて、深さ1.7 m、直径15 mの逆円錐形に近いクレーターを作ることに成功したんですよね。

深尾:あの程度の深さで、そんなに違うことが分かるのかと思ったけど。

中村:分析結果は一部類似する部分もありますが、1回目と2回目で試料の性質が異なることも分かりました。また、タンタル製の弾丸の痕跡が3個の粒子に明瞭に記録されていました。

:あれは、「はやぶさ2」が着陸して帰ってきたという証拠ですよね。

中村:感激しました。2回目のタッチダウンでは、クレーターを作った後に飛び出してきた物、地下の物をちゃんと「はやぶさ2」は採った。それも証明できたと思います。

津田:エンジニアリング的には、地下何mから採ってきたことを証明できなくて……採ってきたものから知るしかない。いくつかの研究グループの分析の結果、地下から採っていることを裏付ける証拠が出てきています。実は、2回目の着陸に成功した後、微妙な言い方をしていました。「地下物質 を採った」ではなく「地下物質へアクセスした、それに成功しました」と。今は、地下物質を採ってきたと、自信を持って言えます。

中村:我々は受け取った16粒の粒子ごとに性質の異なる多くのデータを集めて総合的に検討するのですが、データが出る度に考えていた仮説を修正しないといけない。すなわち、私たちの経験を超える見たことのないようなデータが出ると、そのたびに新しく方程式を加えて連立方程式を解いていく ような感じです。未知の16個の隕石を半年という短い時間で分析・解釈するようなもので、それは楽しい反面すごく苦しかったです。

天文学と地質学が結びついた!

津田:到着した後、リモートセンシング(遠隔調査)でデータがたくさん取れました。その後、試料を持って帰って、中村先生はその試料を分析されました。今回は、両方やったというのが一つ特徴だと思っているのですが、リモートセンシングの結果は中村先生の分析に影響ありましたか。

中村:すごく影響を受けました。ただ僕は、リモートセンシングのミッションには直接コミットしていなくて、ほとんどYouTubeと宇宙研の報告をウェブで見ていました。特に、タッチダウン時のビデオやその前後のイメージを何度も見て、リモセンの結果と合わせて、どういうふうにリュウグウが 形成されて今に至ったのかシミュレーションを行いました。それで、リュウグウ試料を受け取る前に3編の仮説論文を書いていました。

:YouTubeから論文を書いたのには、びっくりしました(笑)。

中村:どうしてリュウグウはラブルパイル構造を持ち算盤玉の形になるのか、どうして地下が黒くて、表面が白っぽいのか。太陽風や宇宙線による宇宙風化では、鉱物は黒くなるのが普通です。リュウグウの場合、「はやぶさ2」のタッチダウンの後、その付近が前より黒くなっている。すなわち、 地下の方が表面より黒い。常識とは逆じゃないか。それでシミュレーションをする。思いつくままに仮定をして有機物の量を計算して出した。すると、大量の有機物がないといけないことが分かった。その後で採ってきたサンプルを分析して仮説を検証した。

:仮説は合っていたのですか。

中村:正確には合っていません。ただ、有機物が多いというのは正しかった。そこがすごく重要です。代表的な炭素質隕石に含まれる鉱物量に対して有機物量を変化させて、宇宙風化による反 射率の変化を計算しました。そのやり方は間違っていなかったのですが、有機物の分布に関する仮定が間違っていました。実際の試料の観察によれば、全体の約90%を占める粘土鉱物中に満遍なく有機物が入っていたのです。しかも、不溶性有機物に加えて水に溶けるいろいろなタイプの有機物(アミノ酸を含む)が。リュウグウ表面では宇宙線が当たることで、それらの有機分子が壊れてグラファイト化が進み、結果として光の反射率が高くなり白っぽくなった。

深尾:今の話を聞くと、昔は分光で見るだけだから天文学の世界だったのが、今は行ってサンプルを採ってきて分析するから、地学の世界ですね。

中村:天文学と地質学が今回初めて結びついた、インタラクションができたと僕は思います。これ、歴史的な成果ですよね。

津田:普段こういう探査ミッションで出てくるのは、リモートセンシング屋さんですよね。近くに行って撮影したとか、いろいろな波長で観測して電波で送ってきたもので考察する方々。今 まではそこ止まりだったけど、中村先生がやられたように答え合わせができるようになったのです。

中村:そうです、今回初めてできたことです。

深尾:先日、講演会があって、このリュウグウで隕石に対する考え方ががらりと変わったという話を聞きました。

津田:そうですか。

深尾:隕石は我々が大量に持っているから、隕石が小惑星の大勢を占めると思っていたら、全然リュウグウと違う。実はリュウグウのほうが大勢であって、隕石というのはもう地球へ来る時に蒸発的なものは皆抜けてしまって、特別なものだけが残った殻というふうなことを言われた。考えてみたら当たり前だと、ある種、感動しました。

中村:小惑星帯を望遠鏡で見ると、黒っぽい小惑星、いわゆるC型が75%くらい。でも地球に落ちてくる隕石は、炭素質の黒っぽいのは3%以下です。中に有機物がいっぱい入っていても大気圏突入で燃えたり、バラバラになったりして跡形もなく消えてしまう。

:大変貴重なサンプルなので、60%取っておくそうですが、ファンドレイジングに1%くらい売りに出したらどうですか(笑)。

津田:どこかが高価な小惑星ランキングというのをやっていて、リュウグウは素性がわかっているから今、一番高い。有機物がいっぱい入っているので、資源みたいなことにつながらないかなと思いました(笑)。

中村:ムーンビレッジという、人が月に住もうとする構想があります。しかし、月には炭素と窒素と水がほとんどなく、自給自足ができない。それでリュウグウの結果を基に計算してみました。水は、東京の人たちは1人1日200リッター使うそうです。

深尾:1人?

中村:はい。それで月に1000人住んだ場合、リサイクルを考慮しなくてもリュウグウ一つで1000人が500年住めるくらいの量の水が取れる。炭素に関しては、木材の中に含まれる炭素量で計算すると、おおよそ5万軒の木造の家が建つ。リュウグウを月にどうやって持っていくかが問題ですが、HとCとNで燃料も作れる(笑)。

:天然の資材庫?

中村:そうです。

深尾:それ、論文書いたの?

中村:まだです。方向性は見えたので、より現実的な計算をして何かおもしろいストーリーを作って出せれば、と。

:ジオエンジニアリングみたいなことが絵空事じゃなくなる。

中村:はい。「はやぶさ2」の未来に対する貢献は大きいと思います。

津田:この前NASAが地球防衛、惑星防衛という技術を発表しましたけど、あれにも通じるところがあります。小惑星に穴を開けるとか、ぶつけるとか、その手の技術なので、惑星防衛という点ではまだひよっこですが、社会的な意義が今、結構言われるようになりました。

中村:基本的な技術は確保した感じはします。

津田:「はやぶさ2」は小惑星表面を歩き回る、採取する、掘削する、周回するということ、おおよそ必要なものは全部一応手をつけました。次のミッションの橋頭堡ができたかなと思いま す。

座談会写真

地球の水がどこから来たのか解明できた?

:私、天文学が専門で分からないので……水による変質について教えていただければ。

中村:リュウグウの祖先の氷天体は太陽系の縁辺部にあったと考えられるので、水は確実に氷ですね。温度としては木星付近で100Kくらい。それよりもっと遠いところですから70K とか。従って水や炭酸ガスは固体(氷)になります。その氷を溶かしたのは、先ほど申し上げた放射性核種の26Al です。太陽ができて200万年くらいで氷小天体内部の温度が氷の融点を超えてガ ラスのような非晶質ケイ酸塩と反応する水質変成を起こし、大量の粘土鉱物が出来たと考えられます。

:論文の図にある白っぽい結晶みたいなものが、その時にできたのですか。

中村:はい。天体表面からの熱放射と内部での26Alによる熱生成を考慮すると、氷は内側から外側に向かって溶け、26Alの消滅に伴って今度は外側から内側に向かって凍っていくでしょう。この過程で溶けている元素の濃度も変化し過飽和になることで結晶が晶出した と考えられます。さらに重要なのは氷と水の相境界付近は入れ込んだ状態だと思うのです。

:粘土になるのは、水が入って変成するということですが、圧力はどうなんでしょうか?高圧?

中村:数十キロメートル程度の小天体内での0℃付近での出来事なので、それほど高圧ではないです。

:天体でもそういうことが起こった。

中村:はい。氷を溶かせば、そういう化学反応が起こります。リュウグウは1回溶けて、再凍結した。その一部が、その後ある時期に太陽に近い軌道に入ってきて、サブリメーション(氷の昇華)が始まり、時間をかけて水気を飛ばしたという感じです。要はフリーズドライです。その結果、氷の抜け殻として空隙がたくさん残った。

:地質学とか鉱物とかから、そういうことが読み解けるようになってきたのですね。

中村:ただ、極限の世界ですから、理論と合わせて解いていかないといけない。あと、各事象の時間の見積もりがすごく重要です。また、地球の水、海の水もリュウグウで十分に作れることが分かりました。

津田:地球の水の供給源ということですか。

中村:そうです。今回の分析結果は、リュウグウやその元となる氷を大量に含む彗星(氷天体)が地球が出来上がって落ち着いたころ(40–43 億年前?)に降り注げば十分に作れる可能性を示 しています。

深尾:津田先生にお伺いしたいのですが、こういう大きなプロジェクトって、個人の研究のやり方、数回に1回当たればいいというような考え方は許されないような気がするのですが、そのへ んはいかがですか。

津田:難しいところです。科学とか技術の最前線って、トライ・アンド・エラーがないと進歩しないですよね。国家の大事業だから基本部分は失敗してはいけないけれど、いかに先端部分でチャレンジ性を残せるか。それぞれ技術とか科学の場面で誰かがチャレンジしている。その人達が多少失敗しても、全体としてはびくともしないような環境を作るのがすごく重要だと思います。

深尾:その先端部分は内緒にしておく(笑)。

津田:「はやぶさ2」みたいに、サンプルリターンをやると生命の起源が紐解けますとか、太陽系の歴史の情報が得られますとかは重要な部分なのですが、より具体的にブレイクダウンしたところではいっぱい仮説がある。先端で戦っている人達は自分の仮説に100%自信がなくても、チャレンジしています。技術も、誰もやったことがないからやりたいという人達がいる。うまくできなかったとしても、このミッションの屋台骨はびくともしないという作り方をします。これが両方うまくできた時に、良いミッションになると思っています。
「はやぶさ2」は実は屋台骨自体がチャレンジングでした。サンプルを持って帰ってくること、もう一つは探査機を途中で絶対に殺さないとか、そういうことですが、それを守りつつ挑戦性の高いミッションとか、トライ・アンド・エラーの余地を残す。おもしろがる人が増えると、結果として屋台骨部分も強くなる。2回目の着陸ができたり、人工クレーターを作れたりということが、その挑戦する余地の結果でした。

中村: ロケットの打ち上げを例にすると、失敗したら落ちる。それで批判を受ける。津田さんが今おっしゃったのは、そういう失敗があって初めてエンジニアも成長していくし、経験を積んで新しいチャレンジができる。今の日本の状態を見ていると、失敗を許さないような雰囲気がすごく強いように思います。だから、エンジニアもサイエンティストも、もっと楽しく仮説をいっぱい立てて、遊んで、遊びまくってキュリオシティ(好奇心)に沿ってまずやる。その中からちゃんとした成果を出していく。そこらへんをしっかり文化として作り上げていくことが今、問われている気がします。

深尾:ありがとうございました。

:これをきっかけにPJA-B に、先生に続くような論文が出てくることを期待します。


中村 栄三(なかむら えいぞう)

1955年佐賀県生まれ。1978年、山口大学文理学部卒業。1980年、東北大学大学院理学系研究科修士課程修了。1986年、カナダ・トロント大学博士課程修了。専門は地球化学。パリ大学地球物理学研究所研究員を経て、1987年、岡山大学地球内部研究センター(現:惑星物質研究所)助手、1992 年、助教授、1995 年、教授。2021年、岡山大学名誉教授・自然生命研究支援センター特任教授。


津田 雄一(つだ ゆういち)

1975年広島県生まれ。1998年、東京大学工学部宇宙工学科卒業。2003年、東京大学大学院工学系研究科宇宙工学専攻博士課程修了。同年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所助教。2014年、同研究所准教授。2015 年、小惑星探査機はやぶさ2プロジェクトマネジャー。2020年、宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所教授。


家  正則(いえ まさのり)

1949 年、東京都生まれ。1972 年、東京大学理学部天文学科卒業。1977年、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了、同大理学博士。東京大学理学部天文学科助手。1988年、国立天文台助教授、1992年、国立天文台教授。2014 年、TMT国際天文台副議長。現在、日本学士院会員、国立天文台名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。


深尾 良夫(ふかお よしお)

1943年、東京都生まれ。東京大学理学部地球物理学科卒業。1971年、同大理学博士(地球物理学専攻)、名古屋大学助手。1978年、同大助教授、1988 年、同大教授。1993年、東京大学教授、東京大学地震研究所長を経て、独立行政法人海洋研究開発機構地球内部変動研究センター長。現在は、日本学士院会員、東京大学名誉教授、国立研究開発法人海洋研究開発機構特任上席研究員。