日本学士院

ニュースレター No.36 文×理対談 大塚啓二郎会員×大村 智会員

天然物有機化学が専門の大村 智会員が発見した抗寄生虫薬イベルメクチンは、多くのアフリカの人々を救ってきました。開発経済学が専門の大塚啓二郎会員は、アジアやアフリカの開発途上国の食糧問題の改善や工業化に尽力してきました。両氏に、異なる専門の立場から、それぞれの研究の相違点と共通点について語り合っていただきました。

放線菌から薬を開発するという発想

大塚:経済学者は、研究面で国際的に戦っている人が多く、主にアメリカ人やアメリカで教育を受けた人たちと競争しています。日本人は語学が若干苦手なので、数理経済学や計量経済学の分野で活躍している方が多いですね。私は途上国の発展問題で現場を見るタイプで、その点では日本では異質かもしれません。ですから、私は最初から大村先生と同じように社会に役立つことを考えて、この道へ入りました。対談にあたって、先生のご本を何冊か拝読しましたが、そういうところで非常に感銘を受けました。それと同時に、それはどうしてかな?ということがいろいろありました。まずお聞きしたいのは、テーマの選択です。先生は地中の放線菌から薬を開発するという発想ですが、他の人たちは、まず望ましい活性を持つ物質を探してから、その元になる放線菌を探すのではないでしょうか。私のアプローチは多分そちらに近いと思うんです。アフリカで、足りないものがあれば、どうやって解決したらいいんだと考える。先生は逆の発想をされているんですけど、それはどこから来ているんですか?

大村:非常に有難いところに気づかれていると思います。今までのやり方は、最初からこういうものが欲しいとイメージしているわけです。ところが、私の場合はそうではなくて、元となるものを捕まえておけば、微生物はいろんな活性のものを作っているんだからどこかで役立つものが見つかってくるのではという考えです。調べていくと今まで予想もしなかったような活性が明らかになり、新しい領域が切り開かれるわけですよ。

大塚:世界中で先生だけがそういう発想をされたのですね。

大村:そういう発想はまずないですね。ただし、私がやった仕事は全てそういうわけじゃなく、こういうものが欲しいというところから始めるやり方もあります。新しい化合物を見つけておけば、後で何かに有用な形で使われるようになるから、かなり幅広くものを見ていました。でも訳のわからないものを見つけてどうするんだって言われることもあります。

大塚:今は先生のようなアプローチを取る学者は世界中にいるわけですか?

大村:まだあまりいないでしょうね。ただし、いわゆるライブラリーとしていろんな化合物を見つけておいたり作ったりしておいて、こういう活性が欲しいなっていう時には、今まで持っている化合物をそれに当てはめてみるということはありますね。

大塚:ではどうやって見つけるんだというのが次の質問です。先生の世田谷のご自宅のそばや川奈のゴルフ場、なぜそこで有用な放線菌が見つかったのか。この辺にいるだろうという理屈はおありになったんですか?

大村:いや、そんなことはないですね。とにかくいろんな微生物がいろんなところに住んでいるから、いろんな微生物を集めてくればいろんな化合物を産生しているだろうと。化合物の中には、望ましい物質が入っていることがある。だから、いろんなところから集めてくる。最初からここを探せば、これがあるなんてわからないわけです。

大塚:外国にいらっしゃるときなども調査されますか?

大村:昔はゴルフをした後はゴルフの靴についている土を使うというようなこともやっていたけれども、今は法律があって勝手に土を持ち出すことはできないのです。

大塚:そうやって、たくさんサンプルを集めてということになると、やっぱりチームが大きい方が強いと思いますね。

大村:広いところから集めた方が可能性があるだろうと。

大塚:そうですか。野依良治先生に、どうやってテーマをお探しになるんですかと聞いたら、いろいろと数をやるんだと言っておられました。

大村:そうそうそう。

大塚:そこは我々とは少し違いますね。私の場合はアフリカでお米の生産が有望だと考えているのですが、資金や時間の制約で、たくさんの場所で調査することはできません。どこで調査をしようか、手探りで考えましたね。少数の場所で調査して、どこもそれなりに勉強になりましたけど、やっぱり手探りで場所を選ぶんです。話は戻りますが、地表10~20 cmのところで良い菌がいたというのは、どうしてですか。

大村:それはね、ある程度科学的に考えています。

大塚:そうなんですか。

大村:表層はカビが多いです。それからちょっと下がると放線菌が多いんです。ずっと下がると、細菌いわゆるバクテリアです。中間のだいたい20 cmのところに一番たくさん放線菌が生息しています。

大塚:それは最初からお分かりになっていたのですね。

大村:そういう研究があるんです。埼玉県の北本に病院の建物を作るときに地質調査をしましたが、なんと35 m下にもまだ微生物がいるんですよね。しかし、放線菌はそこにはいない。放線菌はちょうどバクテリアとカビの中間のような性質を持っている。第二次代謝産物と言って、要するに化合物を作る遺伝子をたくさん持っている微生物群が放線菌なんです。一番最初にワクスマンがストレプトマイシンを発見した。それから急に放線菌が注目されるようになったんです。もっと前にフレミングにより発見されたペニシリンはカビからです。ところがカビは扱いにくいですし、カビからものを取ろうっていう研究者が少なかったんですね。それで放線菌から化合物が見つかるようになったのです。ところが取り尽くされたなと思うころやっぱりカビで調べてみようじゃないかとなって今度はカビからも新しい化合物が見つかるようになったのです。

切に思うことは、必ず遂ぐるなり

大塚:先生は研究は必ず成功するはずだという信念を持っておられますね。どうしてそういう信念・確信をお持ちになるのですか?

大村:一つにはね、そう思っていないと、阿呆らしいことをやれないです。

大塚:そういうことですね。一つは精神論ですね。

大村:やっぱりね。こんな当たるか当たらんかわからんようなことを毎日やるわけですから。絶対見つかるっていう気持ちがないと途中でくじけちゃうわけですよ。運が悪ければみんな外れるわけだから。

大塚:普通の人は外れるわけですか。

大村:外れると思いますね。やっぱり、これは欲しいと思っている人の方が強いですよ。

大塚:そう思って良いところを狙わないとダメですね。

大村:絶えずね。曹洞宗の道元禅師の言葉に「切に思うことは、必ず遂ぐるなり」というものがあります。絶えず思っていることは必ずできるということを教えてくれているわけですよ。これを信じています。

大塚:先生のお弟子さんもみんなそうなるんですか?

大村:みんな同じような気持ちでやるから幅広くいろんなことをやれる。一人でも怠けたらダメですよ。どうせ見つからんだろうと思っているのがいるとダメですね。

大塚:信念ですね。我々の分野では例えばアフリカでお米の生産がもう一つうまくいっていないとなると、誰も研究しないですから必ず論文になるという確信はありますね。すごい論文になるか大したことないかは別として、英語のジャーナルに出る論文は必ず書ける。だから、調査すれば必ず成果がある。それは自信をもって間違いないんですけど、先生の場合はこれが外れる場合もあるわけですね。

大村:外れるものがいっぱいあるんだけど、その中に必ずあるっていう考えなんです。

大塚:なるほど、そういうことなんですね。先生がアメリカに行く前にすでにそのアメリカ人たちが先生の論文を読んでいて評価されていたわけですよね。先生が他の研究者と違うところはどの辺なんですか?

大村:私が思うにはですね、人と違ったことをやっている。面白いことをやっていると認められたということです。そういう考えでものを考え進めてきて、「かなり面白いものを見つけた男だ」ということはもう既に知られていました。

大塚:坂口謹一郎先生の「微生物に頼んで裏切られたことはない」という考えに影響を受けておられるそうですが?大村:ええ。こういうものを欲しいって化合物を考えますと、必ず微生物はそういう物を作っているという考えなんです。作るだけじゃなくて、微生物でやってみたいなと考えると、必ずそういう微生物が現れる。これが坂口先生の教えですね。

大塚:素晴らしい教えだと思います。我々も調査に行って大事なことを逃さずに取ってくるっていうのはとっても大事なことで、そういうところは似ています。ただ漫然と見に行ったらなんだかよくわからない。例えば、ウガンダでお米の収穫を見に行ったんですね。そうしたら女性がハサミで収穫している。変わっているなあと思いました。普通だったら鎌ですよね?で、どうして鎌ではダメなんだと考えました。それは品種が混じっているのか、より大事なのは、田んぼが平らになっていないので、ここの辺の稲はもう熟していて、ここら辺はまだ熟して いないのではないかと思いました。だから、その土地の扱いが悪いんだというようなことをちゃんと見つけないといけない。大事なことを見つけることの重要性という点では、先生の研究と私の研究は似ていると思います。

大村: 微生物を分離して培養し、ある化合物を産生しているかどうか調べていくときに、アメリカ人は機械でやろうとする。私の考えでは全く反対なんです。それこそ人間の集まりでやらなきゃいけないんです。うちの若い連中も海外からそういう機械を買ってほしいなんていうけれどダメだと。君たちの頭の方がずっと優れていて腕も君たちの方がきっと良いんだからと。現にたくさん機械を買って新しい本当に良いものをみつけたという報告はほとんどないですよ。

大塚:丁寧に物事をやるという日本人的な性格もありそうですね。

大村:そうですね。

大塚:私の分野でも、アメリカ人が調査をすると、何日かかるんだとか、一日いくらだとか、いつまでにできるんだという感じで、質問票を現地の人に渡してあとは待っているだけという人が多いのです。僕らの調査は現場へ行って、考え込んで、質問票もポイントだけを質問するというように手作りをします。それはやっぱり研究分野が違っても似ているんですね。

大村:自分の能力を信じなきゃダメだね。だから、いろんな事態が起きた時に、それに対応する力っていうのはね、機械より自分の方が上なんだと。そういう気持ちじゃなきゃダメですよね。

大塚:話はちょっとずれますが、私が住んでいる神戸に、灘のお酒で有名な会社がいくつもありますよね。みんな高度成長期に機械化したんですね。品質が下がって、今はもう大変そうです。その時に、ノーベル賞晩餐会の時に振る舞われる福寿という日本酒の会社だけは今でも手作業が多くて売上が伸びています。最後は本当に良いものは手造りなんですね。そこは似ているかもしれません。日本人の良さっていうのは、比較的誠実で、丁寧というところだと思います。

大村:日本人の勤勉さ。今は働き方改革と言って勤務時間を減らしたりしますが、時間を減らすだけじゃなくて、勤勉さも失われていると私は思っている。これが問題です。

世界遺産のチームワーク

大塚:先生はチームワークの精神が大事だと仰っていますが、北里大学の大村チームはどれくらいの規模ですか?

大村:今大学院の学生を入れて60人でやっています。

大塚:それぞれ違うことをやっているんですか?

大村:みんな違います。合成をやる人もいれば、土から菌を分離する人もいる。

大塚:ああ、そうですか。

大村:総合力ですよ。研究室の出身で現在は学長の砂塚さん曰く、このチームワークは世界遺産になっちゃったって(笑)。見つけるところから合成するところ、それを改良するところまでみんな持っているわけですよ、うちは。

大塚:それを維持していくのは大変ですね。

大村:みんなで議論しながらやっていますから。時に、何やっているんだっていう時もありますけれども。ほとんどもう私が関わる必要はないんでね。

大塚:メルク社まで入れたらもっとすごい大きなチームなんですね。

大村:そういう企業の良いところも知ってなきゃダメなんですよ。企業に頼んだ方が良いなと思ったら、抱え込まないで、さっと頼まなきゃいけない。そういう柔軟性を持ちながらも情報を収集したりして、皆で一番良い方法を取っていこうと。しかし、大事なことは、自分たちで得意とするものを何か持ってなきゃ見つけられない。

大塚:皆さん北里大学出身ですか?東大とか京大とか?

大村:そういう人ももちろん入ってきて頑張っていますけど、どちらかといえば北里大学出身者が多い。私のところで研究した後教授になったのが36人います。

大塚:そんなにおられるんですね。しかし、そういう人たちをうまく集めましたね。

大村:育てるわけですよ。研究所が貧乏になっちゃった時に、研究所は、研究室を閉鎖して職員の就職先を探してくれと言ってきた。これを受けて私が研究室を独立採算で運営して最初にやったのは教育です。職員に力をつけさせようということです。それぞれに専門的な目標を決めて勉強してもらって学位を取ってもらい、学位を取ったら、さあじゃあ一緒に共同研究しようって形ですから。これが良かった。育てて一緒にやる。

大塚:私も一応チームを作っていますが、規模は先生の8分の1ぐらいかな。ウガンダの専門家とかガーナの専門家だとか、栽培技術だとか機械化を専門にするとか、やっぱりやっていることはだいぶ違うんです。まずジャーナルに論文を出して、それが集まってくると仲間と一緒に編書にします。アフリカのコメの話で3冊出しています。今4冊目に入っています。

大村:同じような人たちを集めちゃダメで、あれ変わっているなっていうのが一番良いです。そういう人たちと仕事をするのが一番楽しいです。

大塚:私が面白いと思ったのは、大学院を出た30歳ぐらいの人々ですね。こいつは良いだろう、こいつはちょっと見込みないだろうと思ったら大体外れています。後者がすごく努力したりするのです。甲子園でホームランを打ってプロに入ったけどダメだったというのと同じです。無名の高校から行ったのが活躍するとか、そういう話だと思うんですけど。やっぱり、大学院が終わってからの努力は大きいと私は思っています。確かに、やっていることに近い部分はありますね。


経済発展には科学と教育が重要

大塚:先生のイベルメクチンばっかりじゃなくて、アフリカで日本が開発した蚊帳があればマラリアにならないと思うんですが、なかなか普及しないんですね。

大村:習慣がないから。

大塚:まあ、そうなんですね。アフリカでの米作りも、畦を作って平らにする、種は水の中に入れて浮いたやつは取り除くとかそういう基本ができてないので。どうやればアジア並みになるかということもよくわかっているんですが、なかなか普及しない。イベルメクチンも普及するところとしないところがあるんだと思いますけど。

大村:あれは良かったのは、マス・ドラッグ・アドミニストレーションと言って集団投与をWHOの指導でやったんですよ。錠剤を部落に届けるでしょ。その部落全員が飲むようにするボランティアがいて、一人一人こまめにやったんです。それが成功したんです。

大塚:しかし、それをガーナの国中でやりましたかね?

大村:国中でやったんです。それがね、まあよかった。ところが成虫は十何年間、生きているんです。イベルメクチンは成虫には効かないので、成虫は1日に何百匹のミクロフィラリアを産むんです。だからミクロフィラリアを産んでいるうちは薬を飲まなきゃいけないんですけれどもそれを十何年も飲むっていうのがなかなかできないことも起きているんです。途中で止めちゃうんです。だから最近うまくいっていない所もあります。だけど、かなり減ったことは減って、特に失明することはほとんどなくなりました。あれは大きいですね。私が訪ねた頃は、百姓もできない程、リンパ系フィラリア症で足は大きく腫れてしまうのです。それに対してもイベルメクチンはかなり効果がありますから、経済的にも助けたと思います。ところが、私はもう今頃はもう撲滅していると予想していたんですけど、ダメだったんですね。

大塚:もし私が若ければ。大村チームに入っていってデータを集めてみたかったです。(笑)

大村:あっという間に撲滅しちゃってますよ。(笑)

大塚:そういう社会科学の研究が加わったら良いなぁと思いましたね。

大村:私もガーナとかナイジェリアを訪ねて一番思ったことは、日本がいろいろ金で支援をしていますよね。私はあのやり方がね、まずいと思う。例えば、ガーナにある野口研究所には機器が飾ってあるんです。ところが、そこで動かす人がいない。そんなことよりかは、やっぱり人を育てておいて、使えるようになったら、機器でも何でも差し上げたら良い。あのやり方じゃあ成功しない。やっぱり教育。むしろ学校でも作ってやったらずっと良いです。

大塚:はい。

大村:僕もアフリカの小学校に行って話をしたんですが、まず教室は床じゃなくて土間です。床が張っていない。それから黒板と思ったら、白壁に墨を塗っただけです。これでも書けるんですけど。そういう状況でやっているわけです。だから、援助の仕方をもうちょっと考えた方が良いんじゃないかなと思います。

大塚:JICA(国際協力機構)側だけでなく、途上国の政府側にも問題があって、世界の最先端の機器を入れたがるんです。日本の近代化はそこの点は賢くて、割と単純な技術から入っています。私が思っている大失敗は富岡製糸場です。あれは近代的過ぎて全然採算に合わなかったし、技術も日本中に普及することもなかったんです。だから、やっちゃいけない見本が富岡だって私は言っているんです。しかし、途上国政府は最新式の機械を入れてくれと要求してくるんですよ。だから、JICA側にもうちょっといいアドバイザーがいればいいのですが。研究者をアドバイザーで使うことが、少なすぎるんですよ。先生みたいな研究者の意見を聞かないんです。

大村:むしろ、研究者を招いて、例えば学位を取れるぐらい勉強してもらって、それで返すと。この方が効果があると思います。

大塚:亡くなった安倍元首相が始めたABEイニシアティブっていうのが今ありまして、日本へ2年間来てもらってインターンを半年やって国へ帰ってもらって創業してもらう。で、願わくば日本企業と関係してもらうというものです。私から見たらJICAの花形の良いプロジェクトだと思うんです。

大村:ダメなんですか?

大塚:いろんなプロジェクトをやっているうちの一つという程度です。次の話題の地方創生も同じ問題だと思うんです。まあ役人の方も関係があると私は思っているんですけど、例えば石破政権でも経済学者のアドバイザーはいないですね。

大村:官僚はほとんど博士号を持っていない。

大塚:持っていないんですよ。私が以前いた政策研究大学院大学は官僚の方に博士号を取らせるというのが大きな目的なんです。ところが、2年経って修士課程が終わり、博士課程に行きなさいと言うと担当課長が、優秀だから帰って来いというんです。優秀な人物に限ってそうなんです。その省庁のトップクラスが、省庁全体の利益を考えて博士号を取りなさいと言ってくれれば良いんですけど。課長さんあたりが決めているんですよ。

大村:博士課程を出たが就職口が無いなんて言っているけど、官庁が採用してくれりゃ良いんです。

大塚:全くそうです。他の国はトップの人はみんな博士号を持っています。日本だけですよ、持っていないのは。だから、日本も国際機関に人を出しているんだけど、下の方のポストしか与えてもらえず、恥をかいているはずなのに、それを解消してくれないんですね。

大村:公人こそ率先して優秀な人間を海外に送り出すという気持ちがないとダメですよね。

大塚:そうですね。

大村:日本は本当に経済的に全く発展しませんね。原因は何ですかね?

大塚:経済の発展のうちの7割ぐらいは科学の進歩と教育です。

大村:やっぱりね。

大塚:日本は、その意識が戦前はあったんだと思います。私の理解では、高度成長の頃にモノマネ型で成長したわけですけど、その時に教育システムを改めず、そのまま引きずって行っちゃった感じです。今会社にいる人たちは、俺たちは勉強しなかったけど、別に問題なかったと思っている。そういう考えだから悪循環に入っちゃっていますね。しかし、北里ともなると、学生は勉強しますか?

大村:勉強はしていますけどね。昔、私の部屋へ来ていたのは、アメリカに行きたい人が多くて競争でしたが、最近それが少なくなって、むしろ我々教授たちが行ってこいと言って行く者はいますよ。そういう違いがありますね。だから向上心っていうのはすごく減っていますね。

大塚:私も含め経済学の場合はアメリカで博士を取る人が多いんですけど、最近は帰ってこないんですね。アメリカは、給料が3倍ぐらいだから。初任給が日本の教授の給料ですから。

大村:経済が良いとね。日本の経済が活発でどんどん優秀な人間を採用できるようになっていればそんなことはない。経済が停滞していて悪循環だね。

大塚:経済っていうのは、結局は頭の勝負ですから。石破首相が5割所得を上げるとか言っているけど、どうやって上げるかは何も言っていない。やっぱり科学と教育ですね。

大村:私も、それ賛成だな。特に教育。私は山梨大学の教育学部を出ていますので、教育は重大だと自分で言い聞かせているんです。だから私も研究室の独立採算を強要されたとき、まず教育から始めました。あれが良かった。そういう連中がみんな力をつけて、今度は中心になってやるわけだから。あっという間に立ち直ったんです。

大塚:政策研究大学院大学にいた時に外務省がずいぶん頑張ってくれて、国際開発プログラムを立ち上げ、外国人半分、日本人半分で全部英語で講義して国際的にも評価を得たんですね。そうしたら、事業仕分けで潰されちゃったんです。

大村:そうですか。

大塚:本当にもう泣けちゃいましたね。

大村:少子化で人が少なくなる。勉強もみんなしなくなった。これで発展するわけはないですよね。私はその元凶は家庭の崩壊だと思っています。

大塚:それもあるかもしれませんけど。私はもう少し民営化をした方が良いと思います。授業料なんか大学が勝手に決めてもらって。東京大学なら200万円ぐらい取っていいんじゃないですかね。お金がない家庭の人がいるんだったら、その上げた授業料の中の一部を奨学金であげるといいでしょう。仕事ができる教授の給与も少し上げたほうがいい。本当は大学と民間の間にプラットフォームがあって、どういう知識が今大学にあって、企業にはどういう知識が必要かという対話をやっていくと、経済は伸びるんだと思います。一番良い例がピッツバーグです。もともと鉄の町ですが、ラストベルトの一部だったんですね。ところが、カーネギーメロン大学とピッツバーグ大学がロボット工学をやって大成功し、今ものすごく発展しているんです。それはもうこの2つの大学のおかげです。シリコンバレーだって、スタンフォード大学とかカリフォルニア大学バークレー校が同じことを担っているわけです。それからNIH(国立衛生研究所)の周りのベセスダもバイオの新しい企業がたくさん出ていますね。やっぱり先進国型の産業っていうのは、知識集約型で、科学を使うような産業だと思うんですね。それが日本はできていない。

大村:日本はもっと科学を大事にしなければいけない。

大塚:大村先生は影響力がおありだから、もっと言っていただきたいです。


地方から日本を底上げする

大村:私は地方が寂れていくのをどうしたら良いか?ってことで一生懸命やっています。ノーベル賞を受賞した以降はもうそっちに専念しましたね。地方再生・地方創成をやってみせようと、山梨科学アカデミーを作ってみたりですね。こういう活動を各県でするようになっていくと底上げしていくと思います。

大塚:私はやっぱり大学が参加しないといけないと思っています。

大村:山梨科学アカデミーは、産業界も大学の先生もみんな入ってやっているんです。ですから出てくる話も面白い。これを30年続けてきたんですけど。私はいずれ山梨はそういう県になっていくと期待してやっています。

大塚:産業的には何ができているんですか?

大村:先般山梨科学アカデミー賞を受賞した水素・燃料電池(クリーンエネルギー)などがあります。

大塚:それは山梨大学が研究しているものですか?

大村:山梨大学に研究所があります。山梨大学は、国から何十億って資金をもらってきて、研究をやっているんです。そういう人たちが出てくるとね。

大塚:1つでも2つでも成功例が出れば日本は変わると思いますね。

大村:そうなんです。過去には、私の恩師でもある国富稔先生が作った人工水晶があり、また現在ではワインの研究所もあります。結構、山梨大学は産業に貢献する研究をやっています。そういう人たちを顕彰して賞をやったり励ましたりというような事業を行っています。

大塚:そういうのが成功し始めるぐらいになると、経済学者は役に立つと思います。データを集めて国中に示せますから。

大村:有名なジョセフ・ナイさんのソフトパワー、経済力だけでなくて、例えば文化や環境が重要というような考え方も非常に大事だと思っています。やはり総合的に全体が上がっていくっていう形を取らなきゃいけないんじゃないかなって。それで私は(郷里の山梨県韮崎市に)美術館を作っています。

大塚:ぜひ今度、拝見しようと思っています。

大村:北里に来るまでは純粋な物理化学をやって分子の構造を見て楽しんでいたんだけれど、北里研究所に入ったら北里先生の実学ですよ。人の役に立たなきゃダメだと道楽でやっていたらダメだと。それでなんとか役に立つようなものを研究していこうと切り替えてやってきました。

大塚:それは素晴らしいですね。普通はそう簡単に切り替わらないですよね。

大村:そういう頭がないからそうなっちゃう。

大塚:いや、頭が良すぎるのも考えものですね。頭が良すぎると、それは当たり前だろうって、新しい発見をしてもあまり興奮しない。適度に頭が良くないのがいいと思います。

大村:同じことを寺田寅彦が随筆で書いていますよ。頭の良いのは、富士山を見てもこんなもんかって頭で考えて帰っちゃう。ところがあまり良くないのは、やっぱり登ってみなきゃわからんと思って登っていってそこに新しい発見があると。

大塚:ああそうですね。今日のお話の中で、丁寧に研究するということに共通点がありますね。そのあたりで、自然科学者と社会科学者が協働できると、強力なパワーになると思います。

大村:そうですね。