日本学士院学術奨励賞の受賞者決定について
日本学士院は、優れた研究成果をあげ、今後の活躍が特に期待される若手研究者6名に対して、第22回(令和7年度)日本学士院学術奨励賞を授与することを決定しましたので、お知らせいたします。
本賞の選考は、独立行政法人日本学術振興会の日本学術振興会賞受賞者(令和7年12月16日公表)を対象として行い、毎年6名以内に授与することとしています。 受賞者には賞状・賞牌及び副賞として記念品が授与されます。
(年齢・現職は令和8年1月13日現在)
氏名
神田 真司(かんだ しんじ)
生年月
昭和57年9月(43歳)
現職
東京大学大気海洋研究所准教授
専門分野
動物生理学・比較内分泌学
研究課題
魚類を研究対象とした脳下垂体ホルモンの新規制御に関する画期的発見
授賞理由
哺乳動物では、卵を育てるホルモンFSHと排卵させるホルモンLHは、ともに、視床下部から分泌されるホルモンGnRHによって制御されています。そして魚類の内分泌系も同じ脊椎動物である哺乳動物の機構と同一であると、長く考えられてきました。これに対して神田真司氏は、魚類ではGnRHはLHを強く制御しているものの、FSHは別の脳内ホルモンであるFSH-RHにより制御されるという、哺乳類とは異なった制御系があることを明らかにして、FSH-RHの本体がコレシストキニンであることを解明しました。さらに、神田氏は、脳下垂体のホルモン産生細胞が、外からの光の情報を直接受け取って、身体を黒くするホルモンMSHを放出し、紫外線から身を守るという、光が関与する新しい内分泌系の生理機能を発見しました。同氏のこれらの発見は、魚類生理学に新たな分野を打ち立てるものであって、水産業などへの波及効果も大きく、高く評価され、今後の一層の発展が期待されます。
氏名
沙川 貴大(さがわ たかひろ)
生年月
昭和58年11月(42歳)
現職
東京大学大学院工学系研究科教授
専門分野
統計物理学および量子情報理論
研究課題
情報熱力学の理論構築とその応用
授賞理由
熱力学の完成とともに、マクスウェルのデーモンと呼ばれる奇妙な思考実験により、熱力学の第二法則が破れる例が提起されました。このパラドックスは一世紀以上に渡って物理学者を悩ませ続け、さまざまな研究が行われてきました。その結果、熱力学の第二法則は情報エントロピーと統合して理解すべきであることが明らかになってきました。沙川貴大氏は情報の取得・活用・消去をエネルギーの入出力と不可分に捉えることにより、情報と熱力学エネルギーの間の普遍的関係を明らかにし、情報熱力学第二法則を構築し、非平衡熱力学の中に情報熱力学という新しい分野を切り拓きました。さらにその実験的な検証をも提案し実施しました。沙川氏の研究は、生命現象の熱効率に関する研究や物性物理学及び工学分野に新たな示唆を与えています。また、国際的にも高く評価されており、これからの学問の発展に大きな影響を与える可能性があります。
氏名
冨樫 庸介(とがし ようすけ)
生年月
昭和57年1月(43歳)
現職
岡山大学学術研究院医歯薬学域(医)教授、岡山大学病院教授
専門分野
腫瘍免疫学
研究課題
ミトコンドリア伝播による新たながん免疫逃避機構の解明
授賞理由
冨樫庸介氏はがん細胞が宿主の免疫反応から逃避する機構を次々に明らかにしています。なかでも、がん細胞の変異ミトコンドリアが腫瘍浸潤Tリンパ球に伝搬してその機能を抑制するという発見は驚きでした。がん細胞はしばしばミトコンドリアゲノムに変異を有しており、それが細胞外小胞などを通じて、周辺のTリンパ球に水平伝搬していたのです。しかもそのようなミトコンドリアはマイトファジー(ミトコンドリア分解機構)に抵抗性で、結果的にTリンパ球内でのコピー数が増加することになります。変異ミトコンドリアを持つTリンパ球は代謝障害を生じてがん細胞を攻撃する能力が弱まってしまい、がんは宿主免疫から逃避することができます。冨樫氏の発見はがん細胞の免疫逃避機構に全く新しい観点をあたえるだけでなく、がん免疫療法の際の患者層別化・ミトコンドリア伝搬阻害剤の開発など、今後の新しいがん医療への展開も期待されます。
氏名
八尾 史(やお ふみ)
生年月
昭和56年10月(44歳)
現職
東京大学大学院人文社会系研究科准教授
専門分野
仏教学
研究課題
「根本説一切有部律」に埋め込まれた経典群の研究
授賞理由
八尾 史氏は博士論文において「根本説一切有部」律中の「薬事」を日本語訳し、40種の経典を探り出すという成果を上げ、斯学の研究に大きく寄与しました。日本語訳は「薬事」の全文を完全に保つチベット蔵を中心に据え、ほぼ半を保つ8世紀頃のサンスクリット書写断簡と漢蔵を用い、それら訳語の対応関係を示しました。さらに八尾氏はノルウェーとアメリカに所蔵される上記サンスクリット書写断簡「薬事」を合編し、チベット蔵・漢蔵・パーリ蔵とを比較して、同定及び解読を成し遂げました。一字から数十字に及ぶ断簡の比定は極めて困難ですが、同氏は細心の注意と不抜の忍耐を以って解読を成し遂げ、賞賛を博しています。同氏は該博な仏教学の造詣を有し、上記諸言語に洞達し、また文献学的手法を兼備し、日本文・英文の論文を通じて新たな知見を多く提唱しています。既に国際的に活躍しており、今後も仏教学の新局面を益々開拓し得る極めて有為な人材と期待されます。
氏名
安井 隆雄(やすい たかお)
生年月
昭和59年12月(41歳)
現職
東京科学大学生命理工学院教授
専門分野
ナノバイオメディカルエンジニアリング
研究課題
ナノワイヤーによるリキッドバイオプシーの開発と医療応用への展開
授賞理由
リキッドバイオプシーとは血液や尿などの体液の採取・解析のみでがんなどの疾病の検出や追跡ができる検査法です。また、ナノワイヤーとは直径がミクロン以下の非常に細い線状の物質です。安井隆雄氏は酸化亜鉛など特定のナノワイヤーが体液中の生命分子と相互作用することを見出し、リキッドバイオプシーに応用することを発想しました。さらにナノワイヤーの制御技術、表面解析技術を付加することによりターゲットとする生命分子を網羅的に捕捉する技術を完成しました。安井氏は従来の捕捉技術をはるかに凌駕するこの研究成果を医療応用するために積極的に医工連携を図り、がん予後検知・がん転移機序解明を実現しました。現在、47都道府県全ての医療機関(2000施設以上)にて社会実装中です。このように医療応用面で有益な成果を挙げるとともに、この技術と知見は世界でも注目され、トップジャーナルで特集記事として取り上げられるなど学術的インパクトも大きいものがあります。
氏名
山本 鉄平(やまもと てっぺい)
生年月
昭和57年4月(43歳)
現職
早稲田大学政治経済学術院教授
専門分野
政治学方法論・計量政治学
研究課題
実証政治学のための計量分析手法および実験手法の開発とその応用
授賞理由
山本鉄平氏は、政治学および隣接諸科学における実証研究のための計量手法の開発と応用において、数多くの重要な成果をトップジャーナルに発表してきました。実証分析は、特定の要因が結果を引き起こす因果効果を検証するものであり、その方法には、要因を無作為に操作する実験デザインと、観察データから因果関係を推論する分析手法の二つがあります。山本氏はこれら双方において、因果効果や因果帰属の確率を推定する手法を開発するとともに、中間変数を組み込んで因果メカニズムを明らかにする分析枠組みを構築しました。さらに、従来のサーベイ実験が操作できる要因数に制約があった点を乗り越え、コンジョイント分析を応用して多数の要因を同時に無作為割り当てし、因果効果を識別する方法論を確立しました。また、スイス住民の移民受け入れ判断に関するコンジョイント・サーベイ実験の結果と実際の住民投票結果を比較することで、その外的妥当性を検証しました。これら一連の研究は政治学に大きな影響を与えており、今後の一層の活躍が期待されます。








