日本学士院学術奨励賞の受賞者決定について
日本学士院は、優れた研究成果をあげ、今後の活躍が特に期待される若手研究者6名に対して、第21回(令和6年度)日本学士院学術奨励賞を授与することを決定しましたので、お知らせいたします。
本賞の選考は、独立行政法人日本学術振興会の日本学術振興会賞受賞者(令和6年12月19日公表)を対象として行い、毎年6名以内に授与することとしています。 受賞者には賞状・賞牌及び副賞として記念品が授与されます。
(年齢・現職は令和7年1月14日現在)
氏名
伊藤 公一朗(いとう こういちろう)

生年月
昭和57年1月(43歳)
現職
シカゴ大学ハリス公共政策大学院教授
専門分野
環境・エネルギー経済学
研究課題
地球環境問題に関する理論的および実証的経済学研究
授賞理由
伊藤公一朗氏の研究業績は経済学分野における国際的トップジャーナルに掲載されています。同氏の研究対象は、環境・エネルギー経済学であり、理論と実証のバランスの良さに加え、政策提言に結び付く研究成果を生み出している点が高く評価されています。同氏が提案する再生可能エネルギーの普及促進、ダイナミック電力価格の導入等の諸施策は、従来から理論的有効性が唱えられてきたものの、それを裏付ける実証研究が不足していたため、政府や民間業界により全面的に受け容れられることはありませんでした。日本の環境・エネルギー政策に経済的合理性を付与するために、同氏の論文が提起する理論的および実証分析に基づく諸施策についての認知度が高まり、わが国の応用経済学界のトップリーダーとしての役割を果たされることを期待します。
氏名
井上 飛鳥(いのうえ あすか)

生年月
昭和56年6月(43歳)
現職
東北大学大学院薬学研究科教授、京都大学大学院薬学研究科教授
専門分野
シグナル伝達学
研究課題
Gタンパク質共役型受容体のシグナル多様性の統合理解と選択的操作
授賞理由
井上飛鳥氏は、細胞応答に重要な役割を果たすGタンパク質共役型受容体(GPCR)の細胞内シグナル伝達機構を迅速かつ高精度に計測できる測定法を開発しました。これは構造研究にも貢献しています。GPCRの重要性と、このGPCRの機能解析法の有用性から、世界的に多くの研究者との共同研究が進んでいます。中でも、2022年のCell誌に発表された創薬で課題となる副作用に関わるベータアレスチンの制御機構の研究は、歴史的にみても重要な論文です。創薬分野で望まれている情報として、G12を中心とするシグナル計測と薬理作用は創薬に大きく貢献し、画期的な医薬品が創出されるものと期待されます。また、診断薬にも自己抗体測定法を開発して貢献しました。
井上氏は、GPCRの機能研究にとどまらず最先端の独創的な技術を持った日本を代表する次世代の生命科学研究者として世界をリードしています。今後もさらに研究を発展させることが期待されるトップレベルの優秀な研究者です。
氏名
小俣ラポー 日登美(おまたらぽー ひとみ)

生年月
昭和54年11月(45歳)
現職
京都大学白眉センター/人文科学研究所特定准教授
専門分野
宗教史、東西比較文化史
研究課題
近世から近代にかけてのカトリック文化圏における日本人(特に殉教者)像の形成と波及の歴史的過程の分析
授賞理由
小俣ラポー日登美氏は美術史・東洋史・西洋史等を兼修した研究者であり、「日本に就いての歴史的言説の一部が、実は西欧の文脈によることを明白にする」ことを狙いに、殉教史中で最も早くかつ欧州に大きな衝撃を与えた、1597年の「26人殉教」を取り上げました。殉教史研究において決め手となるのは、殉教事実の確認と教皇庁による厳密な認定です。日本人の従来の研究はほとんどが日本資料を用いた前者の段階に止まり、後者にまでは及び得ませんでした。小俣ラポー氏はヴァティカン所蔵の第一次資料を探索し、またラテン語を始めとするヨーロッパ諸言語を駆使して欧米研究者の先行研究を極めて広く渉猟し、教皇庁の列福認定過程を綿密かつ見事に抉り出し得ています。26人殉教は欧州で彫像化、図像化、演劇化されましたが、その意義をも闡明しています。同氏はその優れた語学力を生かして国際的にも既に高い評価に浴していますが、幅広い学殖を縦横にふるっての更なる活躍が期待されます。
氏名
古賀 大尚(こが ひろたか)

生年月
昭和56年6月(43歳)
現職
大阪大学産業科学研究所准教授
専門分野
バイオマス材料科学
研究課題
グリーンマテリアル革新に資するバイオマス材料の学際的機能開拓研究
授賞理由
古賀大尚氏は、バイオマス由来の革新的な生活基材の開発に向けて、近年開発されたナノセルロース・ナノキチンの機能特性を活用した、基礎から応用にわたる研究を展開しています。そして紙抄き技法などを取り入れたナノ素材の構造制御法を開発し、それらを用いて、新しい再生可能な物質変換リアクター、生分解性を活用した使い捨て可能な分子性センサーや生体親和性を活用したセンサー、デジタル情報記録紙や電気で画像を表示する紙、ナノセルロース半導体への変換によるセンサーや発電素子の開発など、広範な新基材の開発・創出に成功しました。古賀氏の研究成果はバイオマス由来の全く新しい生活基材を生み出すものであって、きわめて学際的であり独創的です。そしてこれらは、社会的要請の強い、化石資源に依存しない生活基材の開発に大きく貢献するものです。同氏の研究業績は高く評価され、今後の一層の活躍が期待されます。
氏名
酒井 崇匡(さかい たかまさ)

生年月
昭和55年2月(44歳)
現職
東京大学大学院工学系研究科教授
専門分野
ゲル、ソフトマター、医用材料
研究課題
ゲルの構造物性相関の解明とその医用応用に関する研究
授賞理由
酒井崇匡氏は、従来のゲルの不均一性の概念をくつがえすテトラゲルを開発し、自らの多数の論文でその均一性を証明しました。さらにテトラゲルを用いて、ゲルの構造・物性相関に関して優れた研究を展開し、ゲルに関する教科書を著し、この分野の国際的リーダーであることがひろく認められています。酒井氏が提唱する「精密ゲル科学」により、ゲルのエネルギー弾性、浸透圧の普遍的状態方程式、希薄領域でのゲル化におけるゲル・ゲル相分離など、常識を覆す発見をしました。一方酒井氏は、一貫してゲルの医療応用に注目し、医療上の課題を克服するための学理に基づく合理的なゲルの設計を提唱し、理論的予測に基づく非膨潤性のゲルを開発し、さらに人工硝子帯、止血剤、癒着防止剤などの開発がなされています。自身大学発ベンチャーの代表として、社会実装を進めている点も工学者として特筆されます。
氏名
坂井 南美(さかい なみ)

生年月
昭和55年7月(44歳)
現職
理化学研究所開拓研究本部主任研究員
専門分野
天文学
研究課題
星・惑星系形成領域の化学的多様性とその進化
授賞理由
坂井南美氏は、野辺山45m電波望遠鏡や大型電波干渉計アルマ、赤外線宇宙望遠鏡JWSTを用いた観測研究により、星間化学に新たな展開をもたらしました。恒星と惑星系は希薄な星間ガスが自己重力収縮することによって形成されます。坂井氏は原始星や原始惑星系円盤の精力的な分光観測を基に、星間雲収縮の初段階で生成される炭素鎖分子の天体ごとの量の違いから化学的多様性を発見し、炭素同位体比に注目した解析から分子の生成過程の探求を行いました。そして、天体の物理的個性や環境の差異により星間塵を媒介とする吸着・蒸発過程に違いが生じることや、原始惑星系円盤の形成時に衝撃波の発生を伴うかどうかに起因して、観測される多様性が生じることを明らかにしました。分子分光実験を通じて未同定のスペクトル線の解明にも貢献するなど、天文学、惑星科学、物理化学を融合させた星間化学の研究領域で、同氏の業績は国際的にも高く評価されています。