日本学士院

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授賞一覧 貴重図書・資料 公 開講演会

日本学士院学術奨励賞の受賞者決定について

日本学士院は、優れた研究成果をあげ、今後の活躍が特に期待される若手研究者6名に対して、第19回(令和4年度)日本学士院学術奨励賞を授与することを決定しましたので、お知らせいたします。
本賞の選考は、独立行政法人日本学術振興会の日本学術振興会賞受賞者(令和4年12月15日公表)を対象として行い、毎年6名以内に授与することとしています。 受賞者には賞状・賞牌及び副賞として記念品が授与されます。
(年齢・現職は令和5年1月12日現在)

氏名

五十嵐 啓(いがらし けい)

五十嵐 啓

生年月

昭和53年2月(44歳)

現職

カリフォルニア大学アーバイン校医学部准教授

専門分野

神経科学

研究課題

連合記憶を司る神経回路機構の解明と認知症モデルにおける機能異常の研究

授賞理由

五十嵐 啓氏は、感覚情報から記憶が形成される連合記憶の脳機構解明に卓越した成果を挙げてきました。第一に、ヒトを含む多くの動物にとって重要な匂い記憶の形成において、嗅内皮質外側部に存在する扇状神経細胞の可塑的変化が、匂い情報を報酬によって分類して嗅覚記憶とするプロセスに必須であり、この変化がドーパミン入力によって制御されていることを発見しました。第二に、連合記憶形成が障害される神経疾患であるアルツハイマー病の病態解明に向けて、変異型APPノックインマウスモデルにおいては空間記憶形成に際して嗅内皮質内側部グリッド細胞活動の失調が起こり海馬場所細胞のリマッピング機能の破綻がもたらされることを発見しました。これらの業績は同氏の優れた研究構想と先見性を示しており、その将来性が高く評価されます。

氏名

伊藤 亜紗(いとう あさ)

伊藤 亜紗

生年月

昭和54年5月(43歳)

現職

東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター・センター長、リベラルアーツ研究教育院教授

専門分野

美学

研究課題

障害当事者がもつ身体感覚の質的解明および利他的なケアのあり方をめぐる研究

授賞理由

伊藤亜紗氏の専門は「美学」としていますが、伊藤氏の業績は、いわゆる伝統的な美学の枠を大きく踏み出し、かつ今日的な課題群に新鮮な視点を提供している点に特徴があります。とりわけ世界と身体の関係について、生理学でも心理学でも社会学でもなく、極めて人文学的でありながら独自の方法で新しい光を当てるものであり、極めて独創的な研究として評価できます。伊藤氏の研究の出発点はヴァレリーの芸術哲学を身体論の観点から読解していくというものでしたが、その後は四肢欠損、視覚障害、聴覚障害、吃音、若年性認知症等さまざまな障害を持つ人々へのインタビューに基づく世界把握の解明や、スポーツの達人の感覚を日常的な道具を用いて「翻訳」する等、独自の身体論を展開しています。人文学に軸足を置き、その強みを最大限に生かした伊藤氏の著作は専門家のみならず一般読者にも強く支持されています。

氏名

近藤 絢子(こんどう あやこ)

近藤 絢子

生年月

昭和54年2月(43歳)

現職

東京大学社会科学研究所教授

専門分野

労働経済学

研究課題

若年・高齢者労働市場の実証分析と医療・社会保障政策の政策評価

授賞理由

近藤絢子氏は、都市経済学、労働経済学、公共経済学の国際的トップジャーナルに論文を発表し、顕著な研究業績を挙げてきました。

近藤氏の研究の中心は労働経済学であり、日本の雇用問題に関する研究が多くあります。福島第一原発での事故の後、被災者がくじ引きで仮設住宅にあてがわれたことを利用し、隣人の雇用が他の労働者の雇用をどれほど刺激するかを検証しています。政府が、年金受給資格年齢に至るまで高齢者の雇用を継続することを雇用者側に義務付けたことの雇用への効果を推定しています。日本における不況期に雇用された労働者は、その後も失業率が高いという結果が得られています。国民皆保険の実現によって、診療サービスが、短期ばかりでなく長期的にもどれほど変化したか、また診療体制が医療需要の増加に対してどれほど反応したかを検証しています。

総じて、近藤氏は精緻な計量経済学的手法を駆使して、日本の事例を丹念にかつ精緻に研究していると言えます。

氏名

三宮 工(さんのみや たくみ)

三宮 工

生年月

昭和53年7月(44歳)

現職

東京工業大学物質理工学院准教授

専門分野

カソードルミネセンス、電子顕微鏡

研究課題

加速電子と光の位相抽出および波面制御

授賞理由

電子顕微鏡は90年余りの歴史がありますが、近年、電子光学系の球面収差の新補正法が欧州で開発され、分解能が大幅に向上しています。三宮 工氏は、従来よりも効率的な収差計測法を開発し、収差補正技術の進展に貢献するとともに、電子波の位相に注目し、生物試料や磁気物質の計測に有効な位相コントラスト計測の高度化にも寄与してきました。また、収差補正した電子顕微鏡で得た極微の電子ビームを活用し、ナノ粒子とその周辺部を精密に位置制御して励起すれば、モードの異なる2種類のコヒーレントな光が生じるため、両者が干渉し、極微の空間で発生する光の位相に関する詳細情報を得られることを見出しています。さらに、ナノ粒子を光の閉じ込めやアンテナとして用いるとセンサー機能が得られるため、生体分子の計測に利用できることも示しました。これらの電子顕微鏡の高度化とそれを基とする極微空間の光計測法に関する独創的研究は国際的に高く評価されます。

氏名

野田口 理孝(のたぐち みちたか)

野田口 理孝

生年月

昭和55年7月(42歳)

現職

名古屋大学生物機能開発利用研究センター准教授

専門分野

植物分子科学

研究課題

植物の全身性シグナル伝達機構と接木研究

授賞理由

野田口理孝氏は、植物の組織間に存在する情報伝達機能の研究を行ってきました。情報伝達の一つとして、昔からフロリゲンと言われる花成ホルモンが注目されていました。しかし、花成関連物質として、FTタンパク質が抽出されていたものの、フロリゲンの実体は不明でした。野田口氏は情報伝達現象の一つとして花成の研究に取り組みました。葉において、花成に関連するFTタンパク質が生成され、師管を通って頂芽に到達することを明らかにしました。同定された花成物質FTタンパク質がフロリゲンそのものでした。さらに、生長促進物質オーキシンの応答因子として、師管からIAAのmRNAを分離しました。また、野田口氏は情報伝達の速度や距離を測定するため、接木を用いましたが、接木自体の基礎的研究やその応用を行っています。接木組織の細胞断面に細胞分解酵素β-1,4-glucanaseが生成され、細胞壁が溶けることによって、接着することを明らかにしました。また、異種間の接木を行い、品種改良の新しい分野を開発しています。

氏名

堀毛 悟史(ほりけ さとし)

堀毛 悟史

生年月

昭和53年1月(45歳)

現職

京都大学高等研究院准教授

専門分野

錯体化学

研究課題

配位高分子ガラスの創出と機能開拓

授賞理由

配位高分子(Coordinated Polymer: CP)とは、柱や梁の役割を担う分子性配位子とそれらを相互に繋ぐ機能を持った特定の金属イオンが、自己組織的に整然と並んで作る分子の軸組構造を意味し、Metal Organic Frameworkとも呼ばれます。CPは多孔構造を持ち、気体の貯蔵やイオン伝導性など特色ある機能を持ちますが、堀毛悟史氏は、CPの研究で著名な研究室において、CPの合成と新機能探索の研究で優れた成果を挙げました。2012年以降は、結晶性を持つCP内の配位結合の強さと配位子の分子運動を制御すればCPが融解すること、融液を冷却すればガラス化することを発見し、その知見に基づいて、新種のガラス物質としての性質や機能を解明する独創的な研究を進め、プロトン伝導性に優れたCPガラスを開発し、ガラスの成形性も活かして燃料電池の高性能化に活かすなどの成果を挙げてきました。これらの卓越した業績は、国際的にも高く評価できます。