日本学士院

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授賞一覧 貴重図書・資料 公 開講演会

日本学士院学術奨励賞の受賞者決定について

日本学士院は、優れた研究成果をあげ、今後の活躍が特に期待される若手研究者6名に対して、第18回(令和3年度)日本学士院学術奨励賞を授与することを決定しましたので、お知らせいたします。
本賞の選考は、独立行政法人日本学術振興会の日本学術振興会賞受賞者(令和3年12月16日公表)を対象として行い、毎年6名以内に授与することとしています。 受賞者には賞状・賞牌及び副賞として記念品が授与されます。
(年齢・現職は令和4年1月12日現在)

氏名

岡 隆史(おか たかし)

岡隆史

生年月

昭和52年7月(44歳)

現職

東京大学物性研究所教授

専門分野

物性理論

研究課題

量子物質の動的制御の理論

授賞理由

単一の炭素原子層からなるグラフェンや銅酸化物系高温超伝導体などは、電荷やスピン自由度が互いに相関して特異な量子効果を示すため、量子物質と呼ばれています。岡 隆史氏は、グラフェンに円偏向レーザー光を照射すると、電子は周期的に変動する光電場の衣をまとい、新たな量子状態(Floquet Topological状態)を作ることを理論的に発見しました。その結果、電場と垂直方向へ電流が流れる量子ホール効果が生じるため、試料中央部は絶縁的でありながら、端部では一方向に電流が流れるトポロジカル物質の一種となることを示しました。この光照射による量子物質の動的制御の理論は、その後に実証され、さらに超高速エレクトロニクス分野への応用可能性も見え始めています。また、岡氏の理論はモット絶縁体などの量子物質の動的制御にも展開されるとともに、原子核理論や高エネルギー物理学分野にも影響を及ぼしています。

氏名

桑村 裕美子(くわむら ゆみこ)

桑村裕美子

生年月

昭和56年9月(40歳)

現職

東北大学大学院法学研究科教授

専門分野

労働法学

研究課題

労働者の多様化に対応した労働者保護法の規制手法に関する比較法的研究

授賞理由

桑村裕美子氏の主要著作である『労働者保護法の基礎と構造-法規制の柔軟化を契機とした日独仏比較法研究』(有斐閣、2017年)は、労働者の多様化の進展に対して、労働者保護法をいかに実態に適合した実効的規制に再編可能か、その再編プロセスに、国家、労働者集団、労働者個人はどのようにかかわるべきかという、先進諸国に共通する重要課題に果敢に取り組んだものです。同書は、労働法の今日的課題に、日独仏の重厚な比較法分析を踏まえて斬り込んだ研究であり、日本において高く評価されているのみならず、その成果の一部は独仏でも公刊され、国際的にも注目を集めつつあります。桑村氏は、同書の公刊前後から、研究領域を拡大させ、労働協約論、日本の非正規雇用問題、情報保護と内部告発、コロナ危機に対する日本の労働法の対応、日本のストライキ権などに係る研究論文を発表し、日本を代表する労働法学者としての国際的活躍を始めています。今後の学術の発達に寄与することが特に期待されます。

氏名

長縄 宣博(ながなわ のりひろ)

長縄宣博

生年月

昭和52年2月(44歳)

現職

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授

専門分野

中央ユーラシア近現代史

研究課題

ロシアとイスラーム世界の絡まり合いについての総合的研究

授賞理由

長縄宣博氏は、1905年から1917年に至るロシア帝政最後の十年間のヴォルガ・ウラル地域のムスリム社会を研究対象とし、ムスリム社会とロシア帝国との関係を実証的に分析・考察してきました。1905年革命によって信仰・言論・集会・結社の自由が認められたことで、ムスリム社会の中に成立した競争的な言論空間を「公共圏」と名づける長縄氏は、そこにおいてどのような議論や出来事が起っていたのかを、ロシア語の行政文書とタタール語の新聞・雑誌を史料として併せ用いて研究を進めてきました。従来、ロシア帝国とムスリム社会との関係については、別系統の史料に依拠することで不十分な解釈がなされてきたとする同氏は、両系統の一次史料を併せ用いることによって、全体像の復原に大きな成果を挙げています。現代における国家とイスラーム世界との関係の考察にも繋がってゆく、意欲的で緻密な実証的研究として、高いレベルの研究業績を国内外の学術雑誌に発表し続けています。

氏名

南後 恵理子(なんご えりこ)

南後恵理子

生年月

昭和50年5月(46歳)

現職

東北大学多元物質科学研究所教授

専門分野

構造生物学

研究課題

X線自由電子レーザーによるタンパク質分子動画解析

授賞理由

世界的にみて構造生物学の分野の近年の進歩は目覚ましいものがあります。その理由の1つは、強力なX線源(X線自由電子レーザー:XFEL)が実用的になり、質の良い十分な大きさの1個の結晶から構造解析しなくても、多くの微小結晶を使った構造解析が可能になったことにあります。また、多くの微結晶から構造解析するための使いやすい計算機プログラムも開発されています。南後恵理子氏らは、バクテリオロドプシンを用いてフェムト秒からミリ秒に至る構造変化を解析して光駆動プロトンポンプの機能の理解を進めました。また、開発した技術を用いて、光合成関連タンパク質などの光によって機能するタンパク質の動的構造変化を観察することにも成功しました。これらは、構造生物学研究においては、高く評価できる研究成果です。南後氏がこのように評価される主な理由は、動的構造変化を結晶学的に解析したことです。すなわち、光によって構造変化をする研究対象にXFELの有効な応用例を示し、生物学的に重要な知見を得ました。

氏名

畠山 琢次(はたけやま たくじ)

畠山琢次

生年月

昭和52年11月(44歳)

現職

関西学院大学大学院理工学研究科教授

専門分野

有機化学

研究課題

次世代有機EL材料の開発

授賞理由

含ホウ素π共役化合物は以前から有機材料分野で注目されてきましたが、安定性に乏しい炭素−ホウ素結合を含むため、長期使用に耐える材料開発に繋がるとは思われていませんでした。一方、畠山琢次氏は有機ホウ素化合物の新しい合成法として縮合多環式骨格にホウ素原子を酸素原子や窒素原子とともに導入する反応(多重ボラFriedel–Crafts反応)を開発し、炭素−ホウ素結合を安定化させた分子群を創製しました。さらに卓抜な分子設計でホウ素と窒素とを特定の関係に配置することにより、特異なフロンティア軌道の広がりを持つ分子を合成し、優れた狭帯域発光特性を持つ材料を実現しました。これは有機EL材料分野に革新をもたらし、青色発光材料として既に実用化されています。この畠山氏の成果は有機化学のみならず他分野に波及し、産業面でも貢献大であり、今後の展開が大いに期待されます。

氏名

山中 直岐(やまなか なおき)

山中直岐

生年月

昭和54年7月(42歳)

現職

カリフォルニア大学リバーサイド校昆虫学研究科准教授

専門分野

昆虫内分泌学

研究課題

昆虫の成長を制御するステロイドホルモンの作用機序の解明

授賞理由

山中直岐氏は昆虫の脱皮・変態を促すステロイドホルモン(エクジソン)関連の研究を進めてきました。昆虫の幼虫期には、前胸腺が脳からのホルモン(PTTH)の刺激を受けてエクジソンを合成します。エクジソンは末梢組織の細胞に侵入し、核内受容体EcRに結合し、遺伝子発現の変化を促して脱皮・変態を誘導します。山中氏は、その詳細な作用機序の解明と昆虫成長抑制剤の開発に資する分子レベルの研究を推進し、PTTH受容体の同定、PTTHが幼虫の生得的行動を制御する機能の発見、エクジソンの分泌が小胞輸送によって制御されることの発見、エクジソンの末梢組織細胞への侵入に与るエクジソンインポーター(EcI)の同定、EcIがキイロショウジョウバエの血液脳関門でエクジソンの脳への取り込みに与ることの発見等の成果を挙げてきました。

これらの成果は、生物生理学的な貢献に加えて、新規の殺虫剤開発や、ステロイドホルモンの膜輸送体を介する促進拡散モデルのヒトを含む動物への適用が期待されます。