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授賞一覧 貴重図書・資料 公 開講演会

日本学士院賞授賞の決定について

日本学士院は、令和2年4月6日、日本学士院賞9件9名(うち斎藤通紀氏に対し恩賜賞を重ねて授与)、日本学士院エジンバラ公賞1件1名を決定しましたので、お知らせいたします。受賞者は以下のとおりです。

1. 恩賜賞・日本学士院賞

研究題目

生殖細胞の発生機構の解明とその試験管内再構成

氏名

斎藤通紀(さいとう みちのり)

斎藤通紀

現職等

京都大学高等研究院教授、京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点長、京都大学大学院医学研究科教授、京都大学iPS細胞研究所連携主任研究者

生年(年齢)

昭和45年(49歳)

専攻学科目

細胞生物学・発生生物学

出身地

兵庫県尼崎市

授賞理由

斎藤通紀氏は、マウス生殖細胞の形成機構を解明し、マウス多能性幹細胞から始原生殖細胞様細胞を試験管内で誘導、精子や卵子、健常な産仔を作出することに成功しました。その実験系に基づき、エピゲノムリプログラミングや卵母細胞分化機構・減数分裂誘導機構など、生殖細胞の発生における基幹現象の分子機構を解明しました。斎藤氏は、カニクイザル初期胚の発生機構を解析し、マウス・サル・ヒトにおける多能性細胞系譜の特性や霊長類生殖細胞の発生機構を解明するとともに、ヒトiPS細胞から始原生殖細胞様細胞、さらに卵原細胞を誘導し、ヒト生殖細胞発生過程の試験管内再構成研究の礎を築きました。斎藤氏の研究は、生命の根源たる生殖細胞の発生機構を解明することでヒトや霊長類の進化機構を明らかにするのみならず、不妊や遺伝病・エピゲノム異常の原因究明につながり、医学に新しい可能性を提示するものです。


【用語解説】

多能性幹細胞
自己複製能力と、身体を構成するほぼ全ての細胞に分化する能力を持つ細胞。受精卵から発生する胚盤胞を培養することで樹立される胚性幹細胞(embryonic stem cells: ES細胞)や、皮膚等の体細胞に特定因子を導入することで作製される人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells: iPS細胞)の総称。
始原生殖細胞
発生初期に形成される、精子や卵子の起源となる細胞。始原生殖細胞は、オスでは前精原細胞を経て精原細胞、精子へと、メスでは卵原細胞を経て卵母細胞、卵子へと分化する。始原生殖細胞様細胞は、多能性幹細胞から試験管内で誘導した、始原生殖細胞によく似た性質を持つ細胞。
エピゲノムリプログラミング
DNAの塩基配列を変えることなく、DNAやヒストンタンパク質に付与される様々な化学修飾(メチル化やアセチル化等)を介して遺伝子の働きを制御する仕組みをエピジェネティク制御と呼ぶ。エピゲノムとはエピジェネティク制御が付与されたゲノムの総体のことで、エピゲノムリプログラミングとは、始原生殖細胞の発生中にエピゲノムが大規模に再編成されることをいう。
減数分裂
父母由来の一対の染色体を持つ細胞(二倍体:始原生殖細胞、精原細胞、卵原細胞等)から、一倍体の細胞(精子、卵子)を形成する細胞分裂のことで、生殖細胞特異的に起こる。減数分裂前期では父母由来の相同染色体の間で組換えが起こり、その後、2回の細胞分裂により、まず相同染色体が、次に姉妹染色分体が分離され、一倍体の配偶子(精子、卵子)が形成される。相同染色体間の組換えにより新たな遺伝情報の組み合わせを持つ染色体が形成され遺伝的多様性を創り出す。
ヒト生殖細胞の発生過程

2. 日本学士院賞

研究題目

Königliche Gerichtsbarkeit und regionale Konfliktbeilegung im deutschen Spätmittelalter: Die Regierungszeit Ludwigs des Bayern (1314-1347) (『ドイツ中世後期の国王裁判権と地域における紛争解決:ルートヴィヒ・デア・バイアーの治世(1314年-1347年)』)

氏名

田口正樹(たぐち まさき)

田口正樹

現職等

東京大学大学院法学政治学研究科教授、
北海道大学名誉教授

生年(年齢)

昭和40年(54歳)

専攻学科目

西洋法制史

出身地

兵庫県明石市

授賞理由

田口正樹氏のKönigliche Gerichtsbarkeit und regionale Konfliktbeilegung im deutschen Spätmittelalter: Die Regierungszeit Ludwigs des Bayern (1314-1347) (Duncker & Humblot, 2017)は、中世後期ドイツの国王であったルートヴィヒ・デア・バイアーの治世(1314年-1347年)における国王裁判権の機能の実態を、史料に基づいて解明した優れた著作です。この問題に関する学説史は、国王ルートヴィヒが直面せざるを得なかった時代的制約のゆえに、国王が行使する裁判権に概して低い評価しか与えて来ませんでしたが、田口氏は狭義の司法過程に留まらず、地域の裁判事例を、紛争の発端から終局に至るまで、史料に拠りながら丹念に辿り、国王裁判権は通説が説く以上に紛争解決に寄与している実態を浮かび上がらせました。また地域史の視点を導入し、王権が当該地方と織りなしてきた諸関係の厚薄を踏まえて、多様な紛争解決の手法を援用して紛争の解決にあたった事実を剔出し、中世の裁判機能の研究分野に新たな展望を開いたことは大きな成果です。


【用語解説】

ルートヴィヒ・デア・バイアー
ヴィッテルスバッハ家出身の神聖ローマ皇帝(1287年頃-1347年)。ルートヴィヒ4世として在位(1314年-1347年)。治世当初はハプスブルク家のフリードリヒ美王と王位を争い、治世中頃以降はローマ教皇と対立し、最後は教皇の後援を受けて対立国王に選挙されたルクセンブルク家のカール4世との対立の最中に急死した。こうした治世全体にわたる政治的対決の中でも、南ドイツのバイエルンを中心とした国王支配の建設に努め、さまざまな試みを行った。
国王裁判権
中世ドイツにおいて、裁判を開き判決を宣言することは、国王の最も重要な職務の一つであった。国王はみずから(あるいは宮廷裁判官などを代理として)裁判長となり、各地を移動する宮廷にそのときどきに滞在する貴族などを判決人として、裁判手続をすすめた。そうした判決形式によるもの以外に、国王が関与した和解や仲裁による紛争解決も、広い意味での国王裁判権の重要な活動であった。

3. 日本学士院賞

研究題目

『正規の世界・非正規の世界—現代日本労働経済学の基本問題』

氏名

神林 龍(かんばやし りょう)

神林 龍

現職等

一橋大学経済研究所教授

生年(年齢)

昭和47年(48歳)

専攻学科目

労働経済学

出身地

東京都東久留米市

授賞理由

神林 龍氏は、戦前期から現代にいたる日本の労働経済の諸側面—職業紹介制度、長期雇用と年功賃金によって特徴づけられる日本型雇用制度、正規・非正規雇用問題、自営業衰退問題、賃金および業務(タスク)構成からみた二極化現象、解雇権濫用・就業規則変更問題、最低賃金制度・労働者派遣法問題等—を取上げ、通念にとらわれない斬新な考察を加えてきました。神林氏の『正規の世界・非正規の世界—現代日本労働経済学の基本問題』(慶應義塾大学出版会、2017年11月)は、それらの興味深い発見事実を1世紀にわたる歴史のなかにおき、それによって、現代日本の労働市場の全体像を提示し、今後どの方向へ変容してゆくかを描き出した大著です。なかでも、非正規雇用の増加を説明する要因が正規雇用からの脱落ではなく自営業の縮小であったことを実証し、賃金格差の検討に加えてタスク分析を導入して二極化現象の実態を明らかにしたこと、そして労使自治と第三者介入の対比を軸に労働経済の基調とその変容を描き出したことは斬新で、特筆に値します。


【用語解説】

正規・非正規雇用問題
労働者の間に発生する経済格差が、労働者の雇われ方に起因するという考え方。労働契約形態や労働時間、職場での呼称などの違いに注目し、一方に標準的な雇われ方を、もう一方にそれとは違う雇われた方をおいて対比させる。
二極化現象
労働市場に登場する被用者を賃金や業務(タスク)に関してグループ分けしたとき、対照的な特徴(たとえば高賃金と低賃金、あるいはルーティン業務と自己の判断で行う業務)をもつ2つのグループに分かれてゆくこと。
タスク分析
労働者を従事する業務内容によって分析する方法の一つ。ルーティン業務か自己の判断で行う業務かが分類基準である。身体的作業か否か、分析・問題解決能力を要するか否か、対話型か否かなどによってさらに細分化される。

正社員と非正社員の割合の変化

※呼称上の非正社員:雇用契約期間は定められていないが、職場では正社員と呼ばれていない被用者
※契約上の非正社員:雇用契約期間は1年未満で、職場では正社員と呼ばれていない被用者

4. 日本学士院賞

研究題目

単一分子分光を用いた固体表面上での化学反応の研究

氏名

川合眞紀(かわい まき)

川合眞紀

現職等

分子科学研究所長、日本化学会会長、東京大学名誉教授

生年(年齢)

昭和27年(68歳)

専攻学科目

物理化学・表面科学

出身地

東京都世田谷区

授賞理由

川合眞紀氏は、固体表面に吸着した分子に関して、走査トンネル顕微鏡を用いた精緻な分光学的研究を行い、触媒化学分野や物質材料分野に貢献しました。吸着分子には、固体表面との相互作用による摂動が加わることで、孤立分子とは異なる電子状態、振動状態、スピン状態が現れます。これらの状態を走査トンネル顕微鏡で測定することで、吸着分子の反応、固体表面での拡散などにかかるポテンシャルエネルギー面を実験的に決めることが可能となりました。川合氏は、一酸化炭素などの単純な分子に対して、赤外分光法や電子エネルギー損失分光法を駆使して、表面拡散にかかる運動のエネルギー面を提示するなど、固体表面での分子の化学反応について、多くの業績を上げてきました。その中でもとりわけ、空間的に1つの吸着分子を選んで、その状態(構造、電子状態、振動状態)を定量的に観察する手法を開発し、かつ、分子の化学状態を選別した化学反応を実現した研究成果は、その高い独創性が国際的にも評価されています。


【用語解説】

吸着
気体や液体の中の物質が他の液体または固体の表面に吸い付けられる現象。
走査トンネル顕微鏡
1982年、ゲルト・ビーニッヒとハインリッヒ・ローラーによって開発された。尖った金属探針を導電性の物質の表面または表面上の吸着分子に近づけ、流れるトンネル電流から表面の原子レベルの電子状態、構造など観測する。探針の空間的な位置は、取り付けられたピエゾ素子で制御する。一般に表面内の空間分解能はサブÅ(1Å(オングストローム)より短い長さのスケール。1Åは1mの100億分の1の長さ)、凹凸の空間精度は、トンネル電流の検出精度に依存するが、0.01Å程度と言われている。
分光学
物質が放射または吸収する光のスペクトルを測定・解析して物質の構造などを研究する学問分野。
摂動
ある物体に働く力の作用のうち、主要な力に対する付加的な小さな力の作用。
ポテンシャルエネルギー面
特定の変数に対して系のエネルギーを表したもの。分子の表面での拡散に関しては、吸着エネルギーと吸着座標の関係を表したもの。
赤外分光法
分子の振動による赤外線吸収を測定することで、分子構造の情報を得る手法。
電子エネルギー損失分光法
電子が薄片試料を透過する際、または、固体表面で反射する際に原子との相互作用により失うエネルギーを測定する手法。
走査トンネル顕微鏡(STM)による単分子計測

5. 日本学士院賞

研究題目

希ガスの地球惑星化学

氏名

小嶋 稔(おじま みのる)

小嶋稔

現職

東京大学名誉教授

生年(年齢)

昭和5年(89歳)

専攻学科目

地球惑星物理学

出身地

山形県山形市

授賞理由

小嶋 稔氏は、希ガス(ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン)の同位体分析を通じて「希ガスの地球惑星化学」の創設と発展に大きく寄与した。小嶋氏がこの分野に飛び込んだ1960年代、希ガスは極微量且つ不活性(化学反応を起こさない)であるが故に地球の形成や進化に直接関わることはなかったとする認識が支配的であった。希ガス分析の地球科学への応用も従ってカリウム・アルゴン年代測定などごく限られたものだった。小嶋氏は、これらの特徴を逆に活かすことにより「希ガスの地球惑星化学」という全く新しい分野の創設をリードした。希ガスをめぐる氏の業績は多岐にわたる。特に現在の大気の大部分は、地球誕生後間もなく内部で起きたカタストロフィックな脱ガスによるもので、残りが火山活動などを通じて連続的に脱ガスしたとする「カタストロフィック脱ガスモデル」は、その後の大気と海洋の起源・進化論の基礎をなすものとなった。


【用語解説】

同位体
原子番号が同じで質量数が異なる原子。アイソトープ
地球惑星化学
化学的な方法で、地球などの惑星のガスや水、岩石や鉱物中の元素存在度、同位体組成を調べ、起源や進化を研究する学問分野。
カリウム・アルゴン年代測定
鉱物中に含まれるカリウムの放射性同位体と、その壊変により生成するアルゴンとの量比から、鉱物の生成年代を算出する方法。
カタストロフィックな脱ガス
ごく短期間(例えば数億年)に地球内部に含まれていたガスの大部分(例えば80%以上)が地表に漏れ出す現象。
その後の大気と海洋の起源・進化論
例えば、微惑星の衝突合体による脱ガス、マグマオーシャンの形成、水蒸気大気冷却による海洋形成などを一連のプロセスとして取り込んだ初期地球形成論。
地球大気形成史(脱ガス史)の構築

6. 日本学士院賞

研究題目

既存建築物の耐震性能評価と性能改善技術の開発に関する一連の研究

氏名

岡田恒男(おかだ つねお)

岡田恒男

現職

東京大学名誉教授、(一財)日本建築防災協会顧問

生年(年齢)

昭和11年(84歳)

専攻学科目

建築学

出身地

香川県三豊市

授賞理由

  岡田恒男氏は、耐震診断・耐震改修の研究分野の発展を先導し、既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断法を開発しました。一連の研究成果の中で特筆すべきは、既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震性能を「Is値」と呼ばれる指標値で表す耐震診断法を1970年代に開発したことです。この診断法は、現在全国的に普及し、各種建築物の耐震診断・耐震補強の学問分野としての進展も促し、新築建築物だけでなく、既存建築物の健全化も含めた地震被害の軽減に貢献しています。
  1995年の阪神・淡路大震災の際に大破・倒壊などの深刻な被害を生じた建築物の多くは耐震設計基準が改正になった1981年以前に建設されたものであったことから、1995年に、「建築物の耐震改修の促進に関する法律」が制定され、岡田氏らが開発した耐震診断法の骨子は法律の定める指針として採用されました。また、2011年の東日本大震災でも、耐震診断・耐震改修の重要性とその効果が再確認されたことから、岡田氏の研究成果は日本を始め各国で活用されています。


【用語解説】

Is値
建築物の基本的な耐震性能を、その強度だけでなく靭性(粘り強さ)も加えて表す数値。このIs値により、建築物の耐震性を数値で比較できるようになった。
建築物の耐震改修の促進に関する法律(耐震改修促進法)
阪神・淡路大震災を受け、建築物の地震に対する安全性を確保するため、建築物の耐震改修を促進することを目的として1995(平成7)年12月25日に施行。この法律により、多くの人が集まる、学校、事務所、病院、百貨店など、一定の建築物(特定既存耐震不適格建築物)のうち、現行の耐震規定に適合しないものの所有者は、耐震診断を行い、必要に応じて耐震改修を行うよう努めることが義務付けられ、耐震診断や耐震改修を促進するため、建築基準法の特例等が規定された。
既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断基準 鉄筋コンクリート校舎の耐震指標(Is)の分布

7. 日本学士院賞

研究題目

大規模高性能データベースシステムの理論と応用に関する先駆的研究

氏名

喜連川 優(きつれがわ まさる)

喜連川優

現職

国立情報学研究所長、東京大学生産技術研究所教授

生年(年齢)

昭和30年(64歳)

専攻学科目

情報学

出身地

大阪市阿倍野区

授賞理由

  喜連川 優氏は、非順序型データベース演算実行方式を創案し、ビッグデータ時代に必須となる大量のデータ処理を飛躍的に高速化することに成功しました。従来は同期入出力が用いられていたのに対し、本方式では、非決定性を伴う非同期入出力を活用した新たな手法により、従来方式に比べ約1,000倍の性能向上を達成しました。本手法は約2,000億レコードから成る6年分のレセプトデータベースの高速解析に活用され、新たな医学的知見の導出や自治体における医療施策立案に利用される等、活用が進んでいます。喜連川氏は先進的データベース技術を用いた社会課題の解決への取組みも進め、DIAS(Data Integration and Analysis System)と呼ぶ世界的に極めてユニークな地球環境超巨大データプラットフォームの開発を37年に亘り進めて来ています。その容量は35PBを越え、衛星画像、河川のテレメトリ、レーダ等の多様なデータがリアルタイムに集積され、登録利用者は6千人を越え、その半数は海外です。激甚化する環境変化に対し、洪水、浸水災害の軽減・防災や医療分野に利用されつつあります。


【用語解説】

非順序型データベース演算実行方式
従来、同期入出力を多用していたのに対し、非順序型データベース演算実行方式は、全ての入出力を非同期入出力とする。一般に外部記憶からの読出しには時間がかかる為、当該方式では読出しデータの到着を待たずに次々と非同期読出し命令を発行する。読出し命令発行順と読出したデータの到着順は異なるため処理が複雑になるという問題が生じるが、これを技術的に解決した。当該方式では外部記憶装置の入出力性能をフルに活用可能となり、従来に比べ大幅に高い性能を発揮する。
同期入出力/非同期入出力
ある入出力命令を発行した後、その命令の完了を待って次の入出力命令を発行する方式を同期入出力と呼び、完了を待たずに次の入出力命令を発行する方式を非同期入出力と呼ぶ。
PB(ペタバイト)
10の15乗(1,000兆)バイト。
テレメトリ
テレメーター(遠隔計測装置)を使って、遠隔地の測定結果をコントロールセンターに送信すること。
非順序型データベースエンジンと従来型の相違

非順序型データベースエンジンと従来型の相違


DIASシステムの概要

DIASシステムの概要

8. 日本学士院賞

研究題目

ウイロイドに関する研究

氏名

佐野輝男(さの てるお)

佐野輝男

現職

弘前大学農学生命科学部教授、
岩手大学大学院連合農学研究科主指導教員

生年(年齢)

昭和30年(64歳)

専攻学科目

ウイロイド学

出身地

新潟県見附市

授賞理由

  佐野輝男氏は、ウイロイド研究の黎明期から現在に至るまで40年に亘り、総合的な研究を展開しています。佐野氏は、最小の自律複製病原遺伝子であるウイロイドが宿主に適応・進化する、生物の基本的な性質を有することを実証しました。また、国内の作物と果樹に発生する多くのウイロイド病を調査し、ホップ矮化ウイロイドの変異体が世界のブドウ、柑橘、モモとスモモに感染していることを明らかにしました。特に、ブドウに不顕性感染している変異体がホップに伝染してホップ矮化病を起こしたことを15年間の遺伝子変異解析で実証しました。さらに、ウイロイドの病原性発現機構を解明するとともに、抵抗性作物開発に向けた道を拓き、ウイルス・ウイロイド無病ホップ作出技術の指導と啓蒙活動を通じて安定生産に貢献しました。以上の成果は、世界のウイロイド学を先導するもので、植物病理学等の学術のみならず、植物保護・植物検疫等の実用的分野にも大きく寄与しています。


【用語解説】

ウイロイド
米国で1971年にやせいも(spindle tuber)病のジャガイモから発見された新しい病原で、現在まで農作物の重要病原として世界で30種以上が報告されている。ジャガイモ、トマト、柑橘類、ココヤシ、キク、ホップ、キュウリなど様々な農作物に甚大な被害を齎す。約250~400ヌクレオチドのRNA(リボ核酸)で、タンパク質情報を持たないが、宿主植物細胞に侵入すると増殖し病気を起こす病原RNAである。動物の病原では発見されていない。
ホップ矮化ウイロイド
1977年に日本で発見されたホップ矮化病の原因となるウイロイド。
変異体
ホップ矮化ウイロイドは297ヌクレオチドからなる。分離される宿主植物により少しずつ塩基配列が異なる。これを変異体(あるいは塩基配列変異体)と呼ぶ。ウイロイドではゲノム塩基配列が90%以上同じであれば、原則として同一種の変異体として扱われる。
不顕性感染
病気を引き起こさずに感染していること。感染に気付かないため駆除が困難で、伝染源として病原を拡げてしまう恐れがある。
ホップ矮化病
1940-50年代に日本の栽培ホップに初めて発生した病害。感染ホップは生育が悪く蔓が伸びなくなり、収穫量が減少し、品質も低下する。1960年代から1980年代まで国内のホップ産地で流行し、国産ホップ栽培に大打撃を与えた。
多様なホップ矮化ウイロイド変異体の発見、ホップ矮化病の伝染源の特定

9. 日本学士院賞

研究題目

EML4-ALKがん遺伝子の発見とがんゲノム医療の先導

氏名

間野博行(まの ひろゆき)

間野博行

現職

国立がん研究センター研究所長、国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター長

生年(年齢)

昭和34年(60歳)

専攻学科目

ゲノム医科学・分子腫瘍学

出身地

岡山県高梁市

授賞理由

  間野博行氏は肺がんにおける融合型がん遺伝子EML4-ALKを発見しました。ALKはチロシンキナーゼタンパクを産生しますが、染色体転座の結果EML4と融合することで、キナーゼ活性が恒常的に上昇し、強力ながん化能を獲得します。この発見は、それまでの「染色体転座による発がんは一般的な固形腫瘍には存在しない」という常識を覆すもので、他の固形腫瘍における同様な発がんキナーゼの探索・発見をもたらしました。さらにEML4-ALK陽性肺がんの治療薬としてALK酵素活性阻害薬が次々と開発・実用化され、世界中の臨床の場で使われがん患者の救命に役立っています。
  ALKはEML4以外にも様々な遺伝子と融合して広く発がん原因となることから、間野氏はこれらALKキナーゼの異常な活性化によって生じるがんを「ALKoma」と名付け、がんを旧来の発生臓器・病理型によって分類するのではなく、本質的ながん遺伝子によって分類することを提唱しました。これらの成果は、現在のがん治療の大きな潮流である「がんゲノム医療」の誕生へとつながりました。


【用語解説】

融合型がん遺伝子
後天的変異によってがん化能を獲得した遺伝子をがん遺伝子と呼ぶ。特に異なった遺伝子が融合することで発がん原因となるものを融合型がん遺伝子と呼ぶ。
チロシンキナーゼ
タンパク質のアミノ酸残基をリン酸化する酵素をキナーゼと呼ぶ。リン酸化するアミノ酸には、セリン、スレオニン、チロシンがあるが、チロシンを特異的にリン酸化する酵素をチロシンキナーゼと呼ぶ。同酵素は細胞増殖シグナルのスイッチの働きをすることが多い。
染色体転座
染色体の一部が切断され、別の染色体に結合すること。遺伝子融合などを生じる。
ALKoma
ALK遺伝子が原因となって生じるがんを意味するため、上皮性腫瘍(一般の固形腫瘍)の正式な名称である「carcinoma」と「ALK」とを結合して作成した造語。
がんゲノム医療
がんの原発臓器と病理型によって治療薬が選択されていた旧来のがん治療と異なり、腫瘍のゲノム異常を調べ、その情報に基づいて最適の治療法・薬剤を選択する医療。日本においても2019年に保険医療として開始された。

ヒト2番染色体上にEML4遺伝子とALK遺伝子は互いに反対向きに存在しているが、両遺伝子を挟む染色体領域がひっくり返ってつながる(逆位)ことにより、EML4-ALK融合遺伝子が生じる。その結果、強力な発がん能を有するEML4-ALK融合キナーゼが産生される。

10. 日本学士院エジンバラ公賞

研究題目

熱帯病原性微生物の生存および拡散戦略の解明—寄生虫の多様な環境適応機構—

氏名

北 潔(きた きよし)

北 潔

現職

長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科長・教授、東京大学名誉教授

生年(年齢)

昭和26年(69歳)

専攻学科目

生化学・寄生虫学

出身地

東京都豊島区

授賞理由

北 潔氏は細菌から寄生虫、そしてがん細胞におよぶ多様な呼吸鎖電子伝達系による低酸素適応機構を解明し、エネルギー代謝やオルガネラの進化、そして呼吸鎖電子伝達系の薬剤標的としての意義を明確にしました。そのきっかけは大腸菌が酸素の供給に対応して呼吸鎖電子伝達系を変動させ、酸化的リン酸化によるエネルギー供給を維持している事実の発見によります。そして、寄生虫が同様の戦略を取っているのではないかと考え研究を進めた結果、回虫やエキノコックス、さらにはすい臓がん細胞などのフマル酸呼吸による普遍的な低酸素適応機構やトリパノソーマのシアン耐性酸化酵素など特殊な酵素の存在を明らかにしました。そしてマラリア原虫も含め呼吸鎖電子伝達系が格好の薬剤標的であることを示し、実際にナフレジン、アトペニン、アスコフラノンなど天然物由来の新規抗寄生虫薬候補を見出し、アフリカなど流行地の研究者と共に開発を続けています。


【用語解説】

呼吸鎖電子伝達系
NADHやコハク酸などの還元力を持つ代謝産物からの電子を酸素などの最終電子受容体に運ぶ系。脱水素酵素、ユビキノン、シトクロムが順次に電子を渡していき、細菌では細胞膜、真核生物ではミトコンドリアに局在する。
低酸素適応機構
大気中の酸素(20%)に対して土壌や深海、動植物の体内には酸素分圧の低い環境が存在する。生物はこの環境に適応するため多様な戦略を進化させてきた。
オルガネラ
「細胞内小器官」とも呼ばれる。真核生物に特有な細胞中の構造。DNAを含み遺伝情報を持つ核、細胞のエネルギー工場と呼ばれるミトコンドリア、光合成の場である葉緑体、分解を担当するリソゾームなどがある。
酸化的リン酸化
酸素を用いてエネルギー通貨と呼ばれる高エネルギー化合物ATPを合成する仕組み。グルコースなどの糖質や脂肪酸などの脂質からアセチルCoAを経て最終的に電子は呼吸鎖電子伝達系で酸素に渡される。呼吸鎖の持つ水素イオンを汲み出す機能で形成された水素イオンの濃度勾配を利用してATP合成酵素によりATPが生成される。
フマル酸呼吸(下図)
酸素の代わりにフマル酸を最終電子受容体として用い、酸素がなくてもATPを合成できる系。最終産物としてコハク酸を生成し、一般にNADH脱水素酵素複合体(複合体I)、キノン、フマル酸還元酵素(複合体II)から構成される。
トリパノソーマのシアン耐性酸化酵素
本酵素はアフリカ睡眠病(眠り病)の病原体であるTorypanosoma bruceiのミトコンドリア電子伝達系の末端酸化酵素として機能する。この酵素は哺乳類の酸化酵素の極めて猛毒な阻害剤であるシアンに対して感受性を全く示さない。宿主が持たない酵素であり、格好の薬剤標的である。北氏が見出したアスコフラノンはトリパノソーマを数分で殺滅し、感染ヤギも一夜で完治する。

抗寄生虫薬・抗がん剤の標的としてのフマル酸呼吸