日本学士院

第77回公開講演会講演要旨

1) チベット瞑想の一断面 —牧象図(ぼくぞうず)再考— 御牧克己

チベット仏教修行の一端を視覚的に表現した「チベット牧象図」は、禅の「十牛図」または「牧牛図」との類似性によって、これまでしばしば注目されてきました。チベット語自体は〈「止」の図〉(Źi gnas dpe ris)の意味です。「止」とは「観」と並ぶ仏教の代表的な瞑想の方法であり、「心一境性」と呼ばれる、心を一点に集中することを意味します。一方、「観」とはその「止」の上に立って「人法の二無我」を観察し、「空」の達見を得る瞑想方法です。同図は「九段階の心の安定」(九種心住)と呼ばれる「止」の階梯のみを取り出して示したものです。同図の諸類似図を比較吟味することによって従来の研究では不明であった諸点をほとんど全て明らかにすることができたと思われますので報告致します。

 

2) 免疫の不思議 審良静男

あらゆる生物は、絶えず病原体の侵入の脅威に曝されています。この防御に哺乳動物は二つのタイプの免疫システムを持ちます。一つが自然免疫で、下等生物から高等生物まで共通に持つ免疫機構で、体内に侵入してきた病原体を貪食し消化する役割を持ちます。もう一つは獲得免疫で、T細胞やB細胞が関与し無限の特異性を持った受容体であらゆる抗原を認識します。自然免疫は、従来まで非特異的と考えられ、哺乳動物においては獲得免疫の成立までの一時しのぎと考えられてきました。しかし、最近、自然免疫も病原体を特異的に認識すること、さらに自然免疫の活性化が獲得免疫の誘導に必須であることが明らかになりました。このため、従来の免疫理論の大幅な修正が迫られるようになり、感染症に対するワクチン、アレルギー疾患、癌免疫に対する考え方も大きく変化しており、その動向をお話ししたいと思います。