日本学士院

第71回公開講演会講演要旨

1) 蕪村俳句の魅力 —その空間表現と時間意識—    揖斐 高

  正岡子規は明治の俳句革新運動の中で、『俳人蕪村』(明治32年刊)などの著作において、「客観的描写」を得意とした俳人として蕪村を高く評価した。それから40年ほど後、日本近代詩に成熟をもたらした萩原朔太郎は『郷愁の詩人 与謝蕪村』(昭和11年刊)において、蕪村俳句のもっとも本質的なモチーフとして「郷愁」に注目し、新鮮な蕪村像を呈示してその後の蕪村評価に大きな影響を与えることになった。同じ江戸時代の俳句作者として並称されることの多い芭蕉や一茶の俳句と蕪村の俳句とはどこが異なるのか。「客観的描写」と「郷愁」、すなわち空間表現と時間意識という視点から蕪村俳句の魅力を論じてみたい。

2) がんとゲノム: がんができるわけ、そしてがんとの闘い  関谷剛男

  がん克服への道は、「出来なければ良い」、「治すことができれば良い」、「死ななければ良い」の3つである。
人が生きている限りDNA(ゲノム)に傷がつくことは避けられない。がんの発生は必然である。「がんが出来なければ良い」は期待できない。
がんができるわけは基本的にはゲノムレベルで解明されている。がん細胞を死滅させる分子レベルでの対応も可能になっている。一方、生き残る分子機構も明らかにされている。がん細胞の全てを殺す、あるいは、正常細胞に戻して「がんを治す」ことは極めて難しい。
生活の質が脅かされた時に、手術等でがんを取り除く医療技術の進展は目覚ましい。問題は、残存がん細胞、がん幹細胞、転移がん細胞の再増殖である。再増殖までの期間は、数ヶ月から数十年に亘る。この静止期間を長く保つ工夫で、がんと共存して生涯を終えれば、「がんでは死なない社会」が実現する。
「がんとの闘い」を、ゲノムを通して考えてみる。