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日本学士院賞授賞の決定について

日本学士院は、平成24年3月12日開催の第1057回総会において、日本学士院賞9件10名(吉川一義氏・難波啓一氏に対しては恩賜賞を重ねて授与)、日本学士院エジンバラ公賞1件1名を決定しましたので、お知らせいたします。 受賞者は以下のとおりです。

1. 恩賜賞・日本学士院賞
研究題目 Proust et l’art pictural(『プルーストと絵画芸術』)
氏名 吉川一義(よしかわ かずよし) 吉川一義
現職 京都大学大学院文学研究科教授
生年(年齢) 昭和23年(64歳)
専攻学科目 フランス文学
出身地 大阪府大阪市
授賞理由

吉川一義氏は、若手研究者の頃からマルセル・プルーストの研究に従事し、特にその代表作『失われた時を求めて』の成立過程を草稿の調査を通じて明らかにする業績で国際的に知られています。授賞研究 Proust et l’art pictural, Paris, H. Champion, 2010は、多数のヨーロッパ名画が、『失われた時を求めて』に登場し、作品構成の要をなしていることに着目して、本作品の創造において絵画が果たした役割を、文献・画像両面での徹底的な資料調査を通じて解明した研究です。吉川氏は、作品中で言及ないし暗示される画家とその作品の多くを同定し、その成果を踏まえて、(1)小説に登場する絵画作品の提示の仕方の多様性が、小説の構成とメッセージにとって持つ意味、(2)芸術に対する偶像崇拝的態度と真の芸術創造との関係、(3)小説に登場する架空の画家エルスチールとその画業が作品において果たす役割、について多くの創見を提起し、プルースト研究ばかりでなく、文学と絵画の相互交渉に斬新な展望を開きました。本研究は、日本人によるフランス文学研究の金字塔ともいうべき成果で、フランス本国でも高い評価を受けています。

 

【用語解説】

マルセル・プルースト(Marcel Proust)
20世紀フランス文学を代表する小説家 (1871~1922)。
『失われた時を求めて』
プルーストが生涯心血を注いだ長編小説。20世紀の文学に決定的な影響を及ぼした。数種類の日本語訳がある。現在、吉川氏自身による新訳が刊行されつつある(岩波文庫、全14冊、既刊3冊)。
Proust et l’art pictural, Paris, Honoré Champion, 2010
「プルースト・エ・ラール・ピクチュラル」。日本語で表記すれば、「『プルーストと絵画芸術』パリ、オノレ・シャンピオン書店、2010年刊行」となる。なお、本書は、吉川氏が日本語で刊行した2冊の単著(『プルースト美術館』筑摩書房、1998年9月;『プルーストと絵画』岩波書店、2008年2月)を総合して、全面的な改訂を加えたフランス語版である。
2. 恩賜賞・日本学士院賞
研究題目 「生体超分子の立体構造と機能の解明」
氏名 難波啓一(なんば けいいち) 難波啓一
現職 大阪大学大学院生命機能研究科長・教授
生年(年齢) 昭和27年(60歳)
専攻学科目 生物物理学・構造生物学
出身地 兵庫県尼崎市
授賞理由

難波啓一氏は、蛋白質や核酸の複合体である“生体超分子”が、分子機械として機能を発現し生命を支える仕組みを解明するため、X線回折法や電子顕微鏡法における独自の技術開発を進め、棒状ウイルスのタバコモザイクウイルス、細菌べん毛、筋肉のアクチン繊維など、以前は解析不可能と考えられていた生体超分子の構造を世界に先駆けて原子レベルで解析し、これらが工学技術をはるかにしのぐ精度と桁違いに小さなエネルギーでしなやかに動作するしくみを解明しました。

最近では、わずかな試料による生体超分子の構造解析を可能とし、低温電子顕微鏡の画像解析法を格段に進歩させました。以前なら、数万におよぶ電顕像の収集と解析に何年もの歳月が必要だったにも関わらず、これを数日に縮めるという画期的な高速化に成功。必要な試料も数ミリグラムから数マイクログラムへと減少させました。生命科学研究を大きく躍進させることは間違いなく、国際的に誇るべき独創性の高い研究成果です。

【用語解説】

X線回折法

蛋白質や核酸を結晶化し、X線を照射して得られる回折反射強度を計測し、計算処理によって得られる立体像から構成原子の立体配置を解明する方法。高強度の放射光X線や高速2次元X線検出器などによる構造生物学の強力な武器であるが、良質の結晶が必須で、その作成に長時間を要し、膜蛋白質のように結晶化が困難か不可能なものも多いことが難点。また、結晶構造が生体中の機能構造を反映していないこともある。

細菌べん毛
細菌の運動を駆動する装置で、細胞膜を貫通する直径40ナノメートルほどの基部体が回転モーターとして、細胞外に10数ミクロンにも細長く伸びるらせん型繊維がプロペラとして働く。約30種類の蛋白質が数分子から数万分子集合して形成する超分子。
アクチン繊維
筋細胞を構成する繊維で、筋収縮を引き起こす力は、筋細胞を構成する太いミオシン繊維上の周期的な突起が細いアクチン繊維と結合解離を繰り返すことによって発生する相互の滑り力。
低温電子顕微鏡法
生体超分子の水溶液をカーボン薄膜の多数の小孔に張り、急速凍結してガラス状の氷薄膜に閉じ込めて、摂氏-170度以下に冷やしたまま電子顕微鏡で像を観察記録し、画像解析により立体像を得る。生体分子の機能構造を直接観察できるのが特徴であるが、生体分子は電子線照射に弱く、照射電子線量が制限されるために画像の質が低く信号/ノイズ比が極めて小さいため、高分解能の解析は長いあいだ困難であった。
3. 日本学士院賞
研究題目

『海の富豪の資本主義―北前船と日本の産業化』

氏名 中西 聡(なかにし さとる) 中西聡
現職 名古屋大学大学院経済学研究科教授
生年(年齢) 昭和37年(49歳)
専攻学科目 日本経済史
出身地 愛知県
授賞理由

中西 聡氏は、19世紀から20世紀初頭にかけて北海道で生産された鯡(にしん)肥料が日本海沿岸航路を経て北陸・近畿に運ばれ、農業生産を発展させた歴史を研究してきましたが、本書『海の富豪の資本主義―北前船と日本の産業化』(名古屋大学出版会、2009年11月)では、日本海沿岸航路で活躍した北前船と呼ばれる帆船の船主が地域間の価格差を利用して巨大な商人的利益をあげ、その利益を出身地の地域経済の近代化に投下した事実を、主要な船主が残した膨大な経営帳簿の分析を通じて数量的に明らかにしました。その結果、もっぱら海運業の拡大に力を注いだ船主や、近世大名との結びつきに強く依存した船主は、近代においても出身地経済との関係が乏しく、近世期から出身地経済との関係が深かった船主が、近代に入ってから出身地域で多くの会社・銀行を設立したことを実証しました。本書は、従来分離されがちであった近世経済史と近代経済史の研究を結合し、近代日本の産業化を支えた重要な資金提供者の実態を歴史的に初めて究明した画期的業績です。


【用語解説】

鯡(にしん)肥料

鰊とも書く。北海道産の鯡を丸ごと釜でゆで、油を絞り取ったあと砕いて乾燥し、〆粕の形にして消費地へ運び、肥料として用いることが多かった。近世末期から明治前期には関東を主産地とする鰯(いわし)肥料に代わって盛んに使われた。

北前船(きたまえぶね)
日本海航路を主要航路として活躍した帆船で、船主が荷主から運賃を受け取る「運賃積」よりも、船主自身が荷主として商人的利益を得る「買積」を主として行い、鯡肥料などの北海道と北陸・近畿の間の価格差から大きな利益をあげた。
4. 日本学士院賞
研究題目 「大気ニュートリノ振動の発見」
氏名 梶田隆章(かじた たかあき) 梶田隆章
現職 東京大学宇宙線研究所所長・教授
生年(年齢) 昭和34年(53歳)
専攻学科目 物理学
出身地 埼玉県東松山市
授賞理由

梶田隆章氏は共同研究者とともに、宇宙から飛来する宇宙線が地球を取り巻く大気と衝突した結果作られるニュートリノをカミオカンデおよびスーパーカミオカンデ(岐阜県神岡鉱山内に設置された大型の水タンクを備えた実験装置)において観測し、ニュートリノ振動の現象を発見しました。
梶田氏らはまずミューニュートリノと電子ニュートリノを識別する方法を確立して、ミューニュートリノの数が理論からの予想にくらべて著しく少ないことを発見しました。さらに、到来するニュートリノの、天頂からの角度に対する分布を詳しく測り、地球の裏側からのニュートリノに顕著な欠損があることを示しました。これにより、この現象は、ミューニュートリノが飛行中に他の種類のニュートリノに変化するニュートリノ振動によるものであることを証明しました。

ニュートリノ振動は異なる質量を持つニュートリノの重ね合わせの状態において生ずる現象であり、梶田氏らの発見はニュートリノがゼロでない質量を持つことの決定的な証拠となりました。


【用語解説】

ニュートリノ
素粒子の一種で、電荷を持たない。物質をすり抜ける性質があり、観測が難しい。電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類がある。これらの3種類のニュートリノが物質と希に衝突すると、それぞれ電子、ミューオン、タウが生成される。このようにしてニュートリノの種類は区別される。
5. 日本学士院賞
研究題目 「超高真空電子顕微鏡によるナノ構造の研究」
氏名 髙柳邦夫(たかやなぎ くにお) 髙柳邦夫
現職 東京工業大学大学院理工学研究科教授
生年(年齢) 昭和22年(65歳)
専攻学科目 物性物理学
出身地 東京都文京区
授賞理由

高柳邦夫氏は、表面科学、ナノ科学の研究を推進しています。表面科学では半導体表面の再構成現象について、シリコン(111)表面の原子配列解明を行いました。この表面構造は、四半世紀以上にも亘って解明されていなかったもので、表面構造が解明されたことによって、原子レベルの表面、界面科学を発展させました。シリコン表面の再構成構造は、DAS構造として知られるもので、走査トンネル顕微鏡を用いても観測され、間違いないものと確認されています。
高柳氏はその後、電極間に架橋された金のナノワイヤを作り出し、それらがカーボンナノチューブのような多層構造を持つことを発見しました。また、電極に架橋された金単原子鎖の量子化コンダクタンスを研究し、原子鎖の各1本が1個のコンダクタンスチャンネルを開くことを明らかにしました。

高柳氏が表面、界面、ナノ構造による物性研究をするために開発してきた超高真空電子顕微鏡法“その場”観察法は、世界最高分解能装置に引き継がれ、ナノ構造に由来する量子現象の研究が推進されています。


【用語解説】

表面科学
物質の表面の原子構造などを調べる科学。2つの異なる物質が重なる境を調べる場合、界面科学という。
シリコン(111)表面
シリコン結晶の(111)方向に垂直な表面。(111)方向とはX方向、Y方向、Z方向のちょうど中間の方向。別の言い方では、座標が(0,0,0)の点(原点)と(1,1,1)の点を結ぶ方向。
DAS構造
表面の原子配列を記述するDimer(原子対)、 Adatom(付着原子)、 Stacking fault(積層欠陥)の頭文字をとったもの。
走査トンネル顕微鏡
細い針で物質の表面を探って、表面の原子配列などを調べる顕微鏡。
コンダクタンスチャンネル
電流を流す道筋。
超高真空電子顕微鏡法
電子顕微鏡の電子が通る部分を超高真空にし、表面・界面を探る研究手法。
“その場”観察法
“その場所”で起きている反応の時空変化をあるがままに観察・観測し、ことの原理を明らかにする研究手法。
6. 日本学士院賞
研究題目 「地盤の力学挙動に関する研究」
氏名 木村 孟(きむら つとむ) 木村孟
現職 (独)大学評価・学位授与機構特任教授・名誉教授、
東京工業大学名誉教授、
東京都教育委員会委員長
生年(年齢) 昭和13年(74歳)
専攻学科目 土木工学・地盤工学
出身地 東京都中野区
授賞理由

木村 孟氏は、従来経験科学的手法を主流とした地盤工学を、(1)弾性力学・塑性力学を基礎とした理論科学と、(2)遠心模型実験装置を用いた物理モデルの導入によって、実証科学へと発展させました。前者は、道路舗装の設計や、基礎地盤の支持力の解明に理論的根拠を与えました。後者にあっては、開発した各種計測法を活用して、a)砂地盤中の破壊面の形成過程、b)矢板に作用する土圧の既往算定式の修正、c)地震時液状化現象の再現と対策工の効用の確認、d)地盤改良後の支持力の増加など、数々の課題について検討を行いました。このようにして、実証科学に基づいた地盤工学へと飛躍的に発展させました。

以上の研究の成果は、現地での数々の課題の解明に適用されました。例えば、明石海峡大橋のケーブル端末固定部の構造設計、羽田空港用地超軟弱地盤の改良工事、石油タンクの耐震化のための地盤改良工事等数多く、これらによって研究成果の有用性は実証されました。


【用語解説】

遠心模型実験装置
小型の縮小模型内に実物と同等の現象を再現することができる装置。縮小小型模型に遠心加速度を与えながら実験を行うことにより、実物とほぼ同等な挙動を模型内に再現することができる。
7. 日本学士院賞
研究題目 「代謝工学的研究に基づく植物二次代謝産物イソキノリンアルカロイドの微生物による生産」(共同研究)
氏名 佐藤文彦(さとう ふみひこ) 佐藤文彦
現職 京都大学大学院生命科学研究科教授
生年(年齢) 昭和28年(59歳)
専攻学科目 植物細胞分子生物学
出身地 京都府京都市
氏名 熊谷英彦(くまがい ひでひこ) 熊谷英彦
現職 石川県立大学特任教授・名誉教授、
京都大学名誉教授
生年(年齢) 昭和15年(71歳)
専攻学科目 応用微生物学
出身地 京都府京都市
授賞理由

佐藤文彦氏と熊谷英彦氏は、微生物の力を利用し、植物の代表的二次代謝産物であるイソキノリンアルカロイド(以下、「IQA」と略記)の微生物生産に世界で初めて成功しました。佐藤氏は薬草のオウレンなどを用い、IQAの合成を司る多くの酵素の働きを明らかにし、それら遺伝子を単離しました。熊谷氏はIQAの合成に必要な芳香族アミノ酸とアミンの代謝を多数の微生物について調べ、バクテリアによるIQA生合成の基盤を確立しました。そして、佐藤氏がオウレンから単離したIQA生合成の遺伝子と熊谷氏が発見したIQAの前駆物質の生産に必要な遺伝子を大腸菌に導入し、ブドウ糖を唯一の炭素源とする培養によってIQA生合成の要であるレチクリンの生産に世界で初めて成功しました。この業績は、高等植物と微生物の代謝系を融合して微生物による植物二次代謝産物の実用生産に新たな道を拓いたものであり、代謝工学の新分野の発展に絶大な貢献をしました。同時に、生産性や資源確保に問題の多い有用二次代謝産物の今後の安定供給に新手法を提供したものでその社会的意義も大きいといえます。


【用語解説】

二次代謝
生物の生命維持に直接関係のない代謝のこと。植物が作る二次代謝産物は、香料、医薬品等として多用される。
イソキノリンアルカロイド(isoquinoline alkaloid:IQA)
キンポウゲの仲間(キンポウゲ、ツヅラフジ、メギなど)、ケシの仲間(ケシやハナビシソウ)、モクレンの仲間(ホオノキ、バンレイシなど)、ムクロジの仲間(キハダなど)などの限られた植物にみられる有機化合物。主として、モルヒネ、コデイン(鎮咳薬)、パパベリン(鎮痙薬)、ベルベリン(下痢止め)、マグノフロリン(抗HIV剤)などの医薬関係に使われる。
オウレン
キンポウゲ科の植物で、薬用植物。
8. 日本学士院賞
研究題目 「生物エネルギー生産(転換)機構の研究」
氏名

二井將光(ふたい まさみつ)

二井將光
現職 岩手医科大学薬学部長・教授、
大阪大学名誉教授
生年(年齢) 昭和15年(71歳)
専攻学科目 生化学・薬学
出身地 東京都中野区
授賞理由

二井將光氏は、生物がエネルギー通貨として使う化学物質ATP(アデノシン三リン酸)を生産する酵素(ATP合成酵素)の構造と機能を、遺伝子と蛋白質レベルで明らかにしました。この酵素は、細胞膜を介するH+(水素イオン)の流れによって、酵素を構成する蛋白質分子の一部を回転させることにより、効率的な化学反応でATPを合成し、エネルギー生産をする極めて特徴的な機構を持つことを示しました。

次に、ATPを加水分解して得られるエネルギーを使って行われる細胞機能に注目し、その一つとして、胃酸分泌酵素の実体と遺伝子発現機構を明らかにしました。さらに、ATP加水分解によるエネルギーを用いてH+を輸送する酵素が、ATP合成酵素と構造ならびに反応機構がよく似ていること、H+輸送により細胞の内外の多様な場所(細胞内小器官)を酸性にしていることを実証しました。この酵素が、細胞内のpHの調節、インスリンの分泌、骨の形成、神経の機能など、生体の幅広い機構に関与していることを実証しました。二井氏の示したATPの加水分解によって形成される細胞内小器官の内部の酸性pHは、生物学的に極めて重要であり、疾病にも深くかかわっています。


【用語解説】

ATP(アデノシン三リン酸)
筋肉を始め動植物組織に幅広く存在し、エネルギーの獲得 (転換)と利用、そして、多くの代謝に関与している。運動や代謝などに必要なエネルギーは「ATPの加水分解によりADP(アデノシン二リン酸)とリン酸が生じる反応」によって得られる。ATP合成酵素によってADPとリン酸からATPが作られる。
酵素
生体内で行われる各種の化学反応を触媒している蛋白質。
細胞膜
細胞内にある蛋白質と脂質からできた膜構造の総称。細胞の最外層は細胞膜の一つである形質膜によって囲まれている。細胞内小器官の周囲を取り囲んでいるのも細胞膜である。
ATP加水分解によるエネルギーを用いてH+を輸送する酵素
一般にH+輸送ATPase (ATPアーゼ)あるいはエネルギーを使ってH+を輸送するポンプとよばれている。ATPの加水分解により得られるエネルギーを使って、 細胞内小器官の内部や細胞の外にH+を輸送している。
pH
水溶液中の水素イオンの濃度の指標となる14までの数値。pH7を中性、7より小さいほど酸性になり、7以上がアルカリ性(塩基性)となる。リソソームや分泌顆粒などの細胞内小器官の内部はpH5から6であり、酸性が重要な役割をしている。
細胞内小器官
細胞小器官あるいはオルガネラとも呼ばれており、細胞内にある細胞膜に囲まれた器官(区画)である。リソソーム、ミトコンドリア、分泌顆粒など多様なものが知られており、それぞれ別の機能を持っている。ミトコンドリアにはATP 合成酵素が局在している。
9. 日本学士院賞
研究題目 「制御性T細胞による免疫応答制御」
氏名 坂口志文(さかぐち しもん) 坂口志文
現職 大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授
生年月日 昭和26年(61歳)
専攻学科目 免疫学
出身地 滋賀県長浜市
授賞理由

坂口志文氏は、制御性T細胞と呼ばれ、様々な免疫反応を抑制するリンパ球を発見し、その機能を解明しました。このようなリンパ球が存在するか否かについては長年にわたり議論がありましたが、同氏は、制御性T細胞に特異的に発現する分子を発見することで、この細胞群を同定し存在を明らかにしました。さらに、このリンパ球の量的、機能的異常が、自己免疫病アレルギーなどの原因となる可能性を証明し、ヒトの免疫病の原因・発症機構に関する理解を大きく進めました。また、制御性T細胞の量的減少、抑制活性の減弱により、病原微生物やがん細胞に対する免疫応答を亢進・強化できること、逆に、制御性T細胞の量的増加、抑制活性の強化を図れば、移植臓器の拒絶を抑えて安定な臓器移植が可能であることを示しました。坂口氏の研究は、ヒトの免疫疾患の治療・予防のみならず、様々な病的、生理的免疫応答の制御法の開発に新しい道を開くものです。


【用語解説】

制御性T細胞(Regulatory T cell)
免疫反応を抑制する機能に特化したリンパ球。正常なヒト末梢血中のリンパ球の約5%を占める。
自己免疫病
免疫系はウイルスや細菌から生体を防御するが、時に、自分自身に反応して組織傷害を起こす。このような疾患を自己免疫病と呼び、関節リウマチ、自己免疫性甲状腺炎、I型糖尿病(インシュリン依存性糖尿病)などがある。
アレルギー
花粉など、それ自体は生体に害を与える物質ではないが、それに免疫系が過剰に反応することで組織傷害を起こす場合をアレルギーとよぶ。
10. 日本学士院エジンバラ公賞
研究題目 「魚類の回遊現象に関する基礎研究 — とくにウナギの回遊機構の発見」
氏名 塚本勝巳(つかもと かつみ) 塚本勝巳
現職 東京大学大気海洋研究所教授
生年(年齢) 昭和23年(63歳)
専攻学科目 海洋生物学・魚類生態学
出身地 岡山県玉野市
授賞理由

塚本勝巳氏は、アユ、ウナギ、サクラマスをモデルに回遊現象の生態・生理・行動学的研究を行い、魚類の回遊機構と進化過程を解明しました。琵琶湖水系にすむ回遊型のオオアユと残留型のコアユが、毎年世代が替わるたびに入替わるSwitching Theoryを提唱し、初期の成長率と孵化時期が、稚魚の回遊か残留かを決定する要因であることを証明しました。また「海山仮説」と「新月仮説」に基づいて、世界初のウナギ天然卵を北太平洋・西マリアナ海嶺南端部の海山域で採集することに成功しました。これにより、初めてウナギの産卵地点がピンポイントで特定され、二千年に及ぶウナギの産卵生態の謎が解き明かされました。

さらに耳石の微量元素分析から、河川に遡上せず、一生を海で過ごす「海ウナギ」の存在を発見しました。ウナギ目魚類の分子系統解析の結果とあわせ、この海ウナギ個体群がウナギの降河回遊の「先祖返り」であることを見出し、回遊行動の起源と進化の過程を解明しました。同氏の研究は、現在地球規模で激減する回遊魚の資源保全と環境保護に応用される重要な研究成果です。


【用語解説】

海山仮説(かいざんかせつ)
レプトセファルス(ウナギ仔魚)の分布と体サイズ、海流および海底地形から導き出された、ウナギの産卵地点推定のための仮説。ニホンウナギは西マリアナ海嶺のスルガ、アラカネ、パスファインダーの3海山を中心とする西マリアナ海嶺南部の海山域で産卵するというもの。
新月仮説(しんげつかせつ)
耳石の日周輪によるレプトセファルスの孵化日推定の結果から導かれた産卵のタイミング推定のための仮説。ニホンウナギは、初夏を中心として4月から9月におよぶ約半年間の産卵期のうち、各月の新月の日に同期して一斉に産卵するというもの。
耳石(じせき)
内耳の中にある、炭酸カルシウムからなる硬組織。耳石に一日一本ずつできる同心円状の輪紋を数えることで、孵化後何日経った個体であるかその「日齢」を推定することができる。また採集された日から日齢を差し引くことで、その個体の孵化した日(誕生日)を推定できる。
降河回遊(こうかかいゆう)
魚類の回遊型のひとつで、産卵のために川を下り、海で産卵するタイプの回遊型。ウナギ、アユカケ、ヤマノカミなどがこれに入る。降河回遊の他に、産卵のため川をのぼるサケ・マス類の遡河回遊と、産卵とは無関係に海と川を行き来するアユ、ヨシノボリなどの両測回遊がある。