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日本学士院賞授賞の決定について

日本学士院は、平成23年4月12日開催の第1048回総会において、日本学士院賞9件(佐竹 明氏・宮田秀明氏に対しては恩賜賞を重ねて授与)を決定しましたので、お知らせいたします。 受賞者は以下のとおりです。

1. 恩賜賞・日本学士院賞
研究題目 「『ヨハネの黙示録』に関する研究」
氏名 佐竹 明(さたけ あきら) 佐 竹   明
現職 広島大学名誉教授、フェリス女学院大学名誉教授
生年(年齢) 昭和4年(82歳)
専攻学科目 新約聖書学
出身地 東京都港区
授賞理由

佐竹 明氏は、ほぼ半世紀にわたる新約聖書の研究、とりわけ「ヨハネの黙示録」に関する研究を基に、「黙示録」注解書のドイツ語版1巻(Die Offenbarung des Johannes, Vandenhoeck & Ruprecht, Göttingen 2008)、日本語版3巻(『ヨハネの黙示録』新教出版社、上巻、2007年7月;中巻、2009年8月;下巻、2009年12月)を公刊しました。
当注解書のドイツ語版は、全世界で最も権威ある、ドイツの「新約聖書に関する批判的・釈義的注解」双書の中に収録され、その学問的成果が国際的に高く評価されています。
本書では、通常「注解」に際して期待される、使用される用語・概念・伝承素材(主として旧約聖書からの素材)の解明に力が注がれていますが、とりわけ「黙示録」の著者(ヨハネ)自身がそれらを用いて何を言おうとしているかが明らかにされています。そのために「黙示録」全体およびそれを構成する各単元の構造の分析が重視され、また著者ヨハネが伝承素材にどのように手を加えたかが確認され、ヨハネの著作意図が解明されています。佐竹氏の研究は、従来の知見を批判的に大きく越えるものです。

【用語解説】

新約聖書
キリスト教の経典。27の文書から成り、それらの文書は紀元1世紀の中ごろから2世紀の中ごろにかけて記された。学問的観点から言えば、初期キリスト教の原資料
ヨハネの黙示録
紀元1世紀末に記されたと思われる文書。成立地は小アジア西部。著者はヨハネを自称するが、ヨハネ福音書、ヨハネの手紙の著者とはおそらく別人。幻の報告を多用しながら、主として、世界の終り、新しい世界の到来を記している。黙示文学はすでにユダヤ教(とくに紀元前2世紀以降)にもあったが、ヨハネ黙示録はそれのキリスト教版とも言える
注解書
古典に注を加えて本文の意味を解釈した研究書
釈義
文章の意味を解き明かすこと
旧約聖書
39のイスラエル宗教の文書を集めたユダヤ教の経典。キリスト教もこれを経典と位置付け、新約聖書と区別して旧約聖書と呼んでいる。新約聖書の各文書、とくにヨハネの黙示録には大きな影響を及ぼしている
2. 恩賜賞・日本学士院賞
研究題目 「船舶の非線形造波に関する研究」
氏名 宮田秀明(みやた ひであき) 宮 田 秀 明
現職 東京大学大学院工学系研究科教授
生年(年齢) 昭和23年(63歳)
専攻学科目 船舶工学、社会システム工学
出身地 愛媛県松山市
授賞理由

船の造る波は船に対し大きなエネルギー損失を与えます。この船の波は「線形」で理論的に易しい波と考えられていましたが、宮田秀明氏は船舶の大型化、幅広化が進展した1979年に、物体形状や相似則のパラメータによって系統的に変化する「非線形」な波が船体近傍に発生することを発見し、「自由表面衝撃波」と名付けました。更に、この新しい物理現象の特性を考慮した船の設計法と長突出薄形の船首形状を開発し世界に広めるとともに、非線形波を再現する数値モデルの開発によって、計算機シミュレーションによる設計を可能にし、船の波と造波抵抗の新しい時代(非線形の時代)を創始しました。 これらによって、過去30年近くの間に、世界の海で運用されるほとんどの船舶の形状はこの研究成果の恩恵を受け、波によるエネルギー損失が20-50%減り、使用燃料の節減によって経済的効果と環境負荷の低減に貢献しました。

【用語解説】

相似則

船の長さと速度の関係から得られる係数が同じなら、現象も同じになるということ

造波抵抗
船など流体中を運動する物体が、波をつくり出すことによって受ける抵抗。高速になるほど大きくなる
図1
図2
上の模型では垂直衝撃波が発生しているが、下は長突出薄形バルブを付けたことにより、斜め衝撃波に変わり、抵抗が低減した。
3. 日本学士院賞
研究題目 『ウイグル文アビダルマ論書の文献学的研究』
氏名 庄垣内 正弘(しょうがいと まさひろ) 庄垣内 正 弘
現職 京都産業大学客員教授、京都大学名誉教授
生年(年齢) 昭和17年(68歳)
専攻学科目 言語学
出身地 広島県呉市
授賞理由

庄垣内正弘氏は、過去30年以上に亘ってウイグル文Abhidharmakośabhāşya- ţīkā Tattvārthā(阿毘達磨倶舎論[実義疏])の原典(ロンドン本Or.8212-75)研究に従事し、今回それを批判的に校訂し、詳細な注記を付して日本語に訳出した(第三章)。先立つ第一章は原典の解説、第二章は実義疏以外のウイグル文論書の校訂と解説、また第四章は語彙リストに当てられています。

本研究の特徴は、元朝期に中国語訳から重訳されたウイグル文「実義疏」の諸写本の特徴、相互関係等の問題を文献学的に解明し、更にウイグル語文献一般の正確な読解の為の確実な方法論を編み出した点にあります。また第四章の語彙リストは本書並びに関連文献に見える全語彙を275頁に収め、さながら「ウイグル語仏教術語辞典」の観を呈して言語学者、仏教学者の座右の書となっています。本研究は、本邦ウイグル学の金字塔とも言うべき成果で、世界に誇る斯学の頂点を示しています。


【用語解説】

『ウイグル文アビダルマ論書の文献学的研究』

松香堂、2008年2月発行

阿毘達磨(あびだるま)
概して仏典は経律論の三蔵から成っているが、その中、経蔵は開祖釈尊の直説、律蔵は出家在家の仏教徒の生活規範、論蔵(阿毘達磨)は教理上重要な綱目などを集め、それについて解釈、解説を施したものを収めている
阿毘達磨倶舎論実義疏(あびだるまくしゃろんじつぎそ)
6世紀の仏教学者安慧(Sthiramati)の作、世親の阿毘達磨倶舎論への注釈書。世親の倶舎論に対して衆賢(Saṅghabhadra)が批判書「順正理論」を著したが、安慧は更にそれにこの反駁書を著した。ウイグル語実義疏は元朝期に漢訳から重訳されたが、翻訳原典の漢訳本は現在伝わっていない
ロンドン本Or.8212-75
19世紀の末に始まる中央アジア学術探検隊によって敦煌やタリム盆地周辺から発見された大量の古文献の中、ロンドンの大英図書館に蔵置された写本に付けられている整理番号
ウイグル語
唐から元にかけてモンゴル、甘粛、新疆方面に活動したチュルク系民族の言語。現在新疆ウイグル自治区を中心に話されている現代ウイグル語と深い繋がりをもつ
4. 日本学士院賞
研究題目 『藤原為家研究』
氏名 佐藤恒雄(さとう つねお) 佐 藤 恒 雄
現職 広島女学院大学文学部教授、香川大学名誉教授
生年(年齢) 昭和16年(70歳)
専攻学科目 日本文学
出身地 愛媛県四国中央市
授賞理由

藤原為家(ためいえ)(1198-1275)は、祖父俊成・父定家の後を継ぎ、歌の家である御子左家の宗匠として、13世紀の宮廷歌壇の中心的存在でありました。本書『藤原為家研究』(笠間書院、2008年9月)は多くの資料を駆使して、まず彼の生涯をたどり、詳細な伝記を記述しています。その上に立って、為家自身の作歌活動、宮廷歌壇の指導者として行った勅撰和歌集の撰進という公的な文化活動、自身の作歌や人々の作品の批評の際に基準となった、その歌学・歌論、父祖の代から継承した古典研究など、各種の文学活動に照明を当て、多くの新見を示して、鎌倉時代の和歌史の研究を著しく深化させました。為家の作歌活動では、彼が4人の歌人と試みた『新撰六帖題和歌』に関する論、勅撰集撰進の問題では『続古今和歌集』成立過程の解明、歌学・歌論では『詠歌一体』の成立とその性格の説明などが、とくに注目されます。いずれの場合でも対象とする作品のテキストや関連資料を博捜し、検討して論を進めており、極めて着実で説得力があります。本研究によって中世和歌に及ぼした為家の影響力の大きさが確認されたと言えます。


【用語解説】

御子左家(みこひだりけ)

藤原道長の六男 長家を祖とする家。為家の子の代に、二条・京極・冷泉の三家に分かれた

新撰六帖題和歌(しんせんろくじょうだいわか)
平安前期の私撰集『古今(こきん)和歌六帖』の歌題を用いて、為家と藤原家良(いえよし)・同知家(ともいえ)・同信実(のぶざね)・同光俊(みつとし)が詠んだ和歌を集成した歌集
続古今和歌集(しょくこきんわかしゅう)
11番目の勅撰和歌集。後嵯峨上皇の院宣により、藤原基家(もといえ)・同為家・同行家(ゆきいえ)・同光俊を撰者として、1265(文永(ぶんえい)2)年奏覧された
詠歌一体(えいがいってい)
藤原為家の歌論書。為家の口伝を嫡男の為氏(ためうじ)や孫に当たる冷泉(れいぜい)為秀(ためひで)が成書化したものか
5. 日本学士院賞
研究題目 『法存立の歴史的基盤』
氏名 木庭 顕(こば あきら) 木 庭   顕
現職 東京大学大学院法学政治学研究科教授
生年(年齢) 昭和26年(59歳)
専攻学科目 ローマ法
出身地 東京都三鷹市
授賞理由

本作品『法存立の歴史的基盤』(東京大学出版会、2009年3月)は、西洋諸国法、従って近代日本法にとって共通の母胎である古代ローマ法の形成過程を、神話・伝承の世界にまで遡って明らかにした、1358ページに及ぶ力作です。「法」の最も根源的使命は、暴力を使った者に得をさせない社会システムをつくり出すことにあります。その意味で、他人の暴力で自分の所持物を奪われた人に、とりあえず、それを取り返してやる仕組みこそが、法システムの出発点になります。ローマ法はこの仕組みを「占有訴権」という形で実現したのであり、これが現在に繋がる西洋諸国法の礎となりました。
木庭 顕氏の本作品は、その起源を紀元前5世紀にまで遡り、厳格な史料批判の方法を駆使して、当時の神話・伝承に付きものの、仮託、神秘化、誇張、といった幻惑的要素を剥ぎ取り、事件の核心を抽出することを通じて、この占有訴権制度形成の様相とそれをとりまく政治・社会構造を解明したものであり、わが国が世界に誇りうる学術作品です。


【用語解説】

ローマ法
古代ローマにおいて、十二表法(紀元前449年)を基礎に形成された法。6世紀に編纂されたローマ法大全を通じて、中世以降のヨーロッパ大陸諸国に大きな影響を与え、ゲルマン法と並んで大陸諸国の近代法形成の基礎となった
占有訴権
他を問わず占有のみに基づいて直ちに妨害の迅速な排除・予防を求めうる制度
6. 日本学士院賞
研究題目 「純ツイスターD-加群の研究」
氏名 望月拓郎(もちづき たくろう) 望 月 拓 郎
現職 京都大学数理解析研究所准教授
生年(年齢) 昭和47年(38歳)
専攻学科目 数学
出身地 長野県長野市
授賞理由

望月拓郎氏は、純ツイスターD-加群の「半単純性」に関して決定的な成果をあげました。一般には、ものが単純なものに分解されたとしてもそのあいだの相互作用によって全体は複雑な構造をもっているのが普通ですが、これに反して、相互作用がなくその全体構造が単純になっているものを「半単純」とよんでいます。一旦半単純であることがわかれば、それからいろいろな強い性質が導き出されるため、半単純性は数学の中で重要な地位を占めています。

このような半単純なもの()にいろいろな操作を施せばどんどん複雑になり、「半単純性」は崩れてしまうと考えるのが常識的な考え方です。望月氏は、この常識に反して、「半単純」な層が基本的な操作を施した後でも半単純であり続けることを示しました。望月氏は、この驚くべき結果を、数学の3大分野、代数・幾何・解析にわたる様々な手法を駆使して証明しました。この成果は内外の賞賛を集め、今世紀の数学の礎になるものと期待されています。


【用語解説】

純ツイスターD-加群
代数的かつ解析的対象である線形微分方程式と、幾何的な対象である層を結び付ける概念。望月氏の研究における主要な言葉の一つ
岡 潔(1901-1978)の多変数関数論の研究やLeray(Jean Leray 1906-1998)の流体力学の研究の中から生まれた、局所と大域をつなぐ概念。現代数学の生んだ主要な概念の一つ
7. 日本学士院賞
研究題目 「マントル最深部の物質とダイナミクスに関する研究」
氏名 廣瀬 敬(ひろせ けい) 廣 瀬   敬
現職

東京工業大学大学院理工学研究科教授

生年(年齢) 昭和43年(43歳)
専攻学科目 地球惑星科学
出身地 千葉県柏市
授賞理由

廣瀬 敬氏はダイアモンドとレーザ光を組み合わせた実験手法を改良し、地球のマントル最深部~金属核の圧力・温度の発生に成功しました。そして地球のマントル最深部に相当する圧力・温度下において、マントル下部の主要鉱物ペロフスカイトがより密度の大きな鉱物(ポストペロフスカイト)に相転移することを発見しました。この発見は、1974年のペロフスカイト発見以来のマントル物質に関する重要な発見です。そして、マントル最下部にこのポストペロフスカイトを主とする層が存在し、それがマントル対流に重要な役割を果たしていることを示しました。さらに同氏は共同研究者らとともに、ポストペロフスカイトの地震波伝播特性および電気伝導度を決定し、それによってマントル最下部付近の地震波速度異常の問題を解決するとともに、地球自転速度の変動や自転軸のゆらぎも説明できることを示しました。これらの研究により同氏は近年のマントルの研究を大きく進展させました。


【用語解説】

マントル
地球表層の地殻の底から2900kmの深さまでの部分で、地球の体積の約80%を占める
金属核
マントルの底から地球の中心までの部分で、鉄とニッケルを主成分とする。液体の外核と固体の内核よりなる
ペロフスカイト、ポストペロフスカイト
マグネシウム、鉄、シリコン、および酸素よりなる鉱物。ポストペロフスカイトもほぼ同じ組成で密度がペロフスカイトより大きい
地震波伝播特性
地震の波(縦波、横波)の伝わり方の性質。物質ごとに、また方位によっても、伝わる速度が異なる
地震波速度異常
マントル最下部付近で観測されている、地震波のうち横波の伝わる速度が変化する異常のこと
地球断面図とマントル主要鉱物の変化
地球断面図とマントル主要鉱物の変化
下部マントル鉱物の結晶構造
下部マントル鉱物の結晶構造
8. 日本学士院賞
研究題目 「糖鎖生物学、とくにN-結合型糖鎖の病気での重要性についての先駆的業績」
氏名 谷口直之(たにぐち なおゆき) 谷 口 直 之
現職 (独)理化学研究所基幹研究所グループディレクター、
大阪大学産業科学研究所招へい教授、
大阪大学名誉教授
生年(年齢) 昭和17年(68歳)
専攻学科目 生化学・分子生物学
出身地 北海道札幌市
授賞理由

谷口直之氏は糖タンパク質の化学構造、代謝、分子生物学、生物学的機能、更には医学への応用など、糖鎖科学の歴史的な流れを一貫してリードし、研究を続けてきました。肝臓がんやがん細胞で、糖タンパク質の糖鎖が正常組織とは異なる構造をもつことを発見したのを契機に、世界に先駆けて、糖鎖を作るのに重要な酵素(糖転移酵素)とそれらの遺伝子(糖鎖遺伝子)の構造とその働きを次々と明らかにしました。そして細胞膜表面にある接着分子受容体タンパク質に付く糖鎖が、細胞同士のお互いの認識や、細胞の増殖などの情報を伝えること、また糖鎖の種類の違いが個体の成長発育や、がん細胞の転移性を決めたり、また閉塞性肺疾患などの病気の原因になることも明らかにしました。がん患者では血液中の糖タンパク質の糖鎖部分が変化して、診断のマーカーとなることも報告しました。さらに、これらの糖鎖遺伝子の情報は、現在広く使われているがんの抗体治療などへの臨床応用に貢献しました。

【用語解説】

糖タンパク質
タンパク質の中の特定のアミノ酸に糖鎖が結合した生体分子でさまざまな働きをもつ。細胞膜や血清にあるタンパク質のほとんどが糖タンパク質である
糖鎖
グルコースなどのひとつの糖が鎖状につながった生体物質で、タンパク質脂質に結合して存在する。核酸、タンパク質に続いて第3の生命鎖とよばれる。主に細胞の表面にあり、細胞のがん化などで劇的に変化することから、細胞の顔にたとえられる
接着分子
細胞と細胞、あるいは細胞と周囲の組織との接着をつかさどる分子で多くは糖タンパク質である
受容体タンパク質
細胞膜上にある糖タンパク質で、細胞の外からのいろいろな情報を受け取り、ほかの物質に変換して細胞内に伝える物質
閉塞性肺疾患
COPDと略称される。タバコや大気汚染が原因で肺での酸素と炭酸ガスの交換がうまくできなくなる病気。2020年には世界で死因の第4位となることが予測されている
(がんの)マーカー
がん細胞やその周辺組織から血液や尿などに出てくる分子で、多くは糖タンパク質である。この濃度を測定することにより、がんの診断や手術後の経過観察や再発などの診断に役立つ
抗体治療
がん細胞に特異的な物質に対する抗体を投与することにより、がん細胞を殺す治療法
9. 日本学士院賞
研究題目 「がん細胞における細胞シグナルとその制御機構に関する研究」
氏名 宮園浩平(みやぞの こうへい) 宮 園 浩 平
現職 東京大学大学院医学系研究科教授・
研究科長・医学部長
生年月日 昭和31年(54歳)
専攻学科目 分子病理学・分子腫瘍学
出身地 佐賀県鹿島市
授賞理由

宮園浩平氏はがんの抑制と進展の両方に関与するタンパク質であるTGF-βと、骨形成因子などのTGF-βに類似した構造を持つTGF-βファミリーの因子のシグナル伝達機構の研究を行いました。同氏は、TGF-βファミリーの因子が結合する一群の受容体を同定し、さらにこれらの受容体によって活性化される細胞内シグナル伝達分子Smadの役割を研究し、TGF-βやTGF-βファミリーの因子が多彩な作用を発揮する分子機構を明らかにしました。さらに、がんを取り巻く微小環境やがんの元となるがん幹細胞に対するTGF-βの役割を明らかにし、がんの浸潤や転移の分子機構の解明に大きく貢献しました。

がん細胞の増殖や分化、浸潤や転移にはこれを制御する様々な細胞外タンパク質が重要な役割を果たしており、そのシグナルの異常ががんの進展に大きく関わっています。同氏の研究は、今後、種々のがんの診断や治療に応用されて行くことが期待される画期的な研究成果です。


【用語解説】

TGF-β(transforming growth factor-β)
TGF-βは生体内に存在する多彩な作用を持つタンパク質で、多くの細胞に作用して増殖抑制、組織の繊維化促進、ある種の細胞に対してはがん化の促進などの多彩な作用がある
骨形成因子(BMP、bone morphogenetic protein)
骨形成因子はTGF-βに構造の類似したタンパク質群(TGF-βファミリー)の一つで、骨や軟骨の形成を促進するほか、筋肉や脂肪細胞の分化、歯の形成、血管の形成、神経の分化、鉄代謝などにも重要な役割を果たす
受容体
細胞表面の膜を貫通するタンパク質で、TGF-βファミリーの受容体はTGF-βファミリーの因子に細胞表面で結合して細胞内へシグナルを伝える。TGF-βファミリーの受容体にはI型とII型の2つのタイプ(I型にはさらに7種類、II型には5種類)があり、両者は細胞内へシグナルを伝達するには必須の受容体である