日本学士院

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日本学士院学術奨励賞の受賞者決定について

日本学士院は、優れた研究成果をあげ、今後の活躍が特に期待される若手研究者6名に対して、第6回(平成21年度)日本学士院学術奨励賞を授与することを決定しましたので、お知らせいたします。

氏名 川合伸幸 (かわい のぶゆき) 川合伸幸
生年月 昭和41年11月(43歳)
現職 名古屋大学大学院情報科学研究科 准教授
専門分野 比較認知心理学、認知科学
研究課題 認知と学習の起源に関する比較認知心理学的研究
主要な学術上の業績

川合伸幸氏は、比較認知科学的な観点から、種々の動物の学習・記憶行動を実験的に研究し、その知性に迫る多くの成果をあげています。具体的には、ザリガニからヒトまで系統発生的に大きく異なる動物を対象とし、さらに胎児から年齢の異なる個体まで、同種動物のなかでも幅広い対象を用いて、環境に適応する情報処理の仕組みを調べ、次のような成果を得ました。まず、無脊柱動物でも嫌悪刺激回避の行動を学習することを明らかにし、ついで高等動物の胎児では音・不快振動への条件反射を指標に胎児時の記憶が生後二カ月も保持されていることを示し、さらに大脳皮質の発達と対比しつつ課題解決場面における方略の相違を系統発生的に吟味しました。
川合氏の一連の研究は、系統発生と個体発生の視点を含み、人間の認知や学習の起源と特色を知るうえで、顕著な功績があり、著名な国際学術雑誌に掲載されて高い評価を得ています。

氏名 後藤由季子 (ごとう ゆきこ) 後藤由季子
生年月 昭和39年4月(45歳)
現職 東京大学分子細胞生物学研究所 教授
専門分野 細胞生物学
研究課題

細胞の増殖・生死・分化運命を制御するシグナル伝達機構の解明

主要な学術上の業績

後藤由季子氏は、増殖刺激により活性化するMAP kinase (MAPK) とその活性化因子MAP kinase kinase (MAPKK) を世界に先駆けて同定・精製、全長cDNAをクローニングし、MAPキナーゼカスケードの発見に大きく貢献しました。さらにMAPKファミリー分子であるJNKによる細胞死誘導と、がん原遺伝子(proto-oncogene) Aktによる細胞生存の新しい分子メカニズムを明らかにし、これが拮抗し、バランスを計って細胞の生死決定を司ることを示しました。そして、Akt が細胞の生死のみならず運動性を制御する事を初めて示し、Aktによるがん悪性化の一つの原因を明らかにしました。また後藤氏は、大脳発生における神経幹細胞の運命を制御するシグナル伝達機構の多くを明らかにし、自己複製と分化のバランスを制御する機構について新たな概念を提示しました。
以上のように、細胞の増殖・生死・分化運命を制御するシグナル伝達の解明に対する後藤氏の貢献は生命科学の全領域に亘り非常に大きく、国際的にも高く評価されます。

氏名 東原和成 (とうはら かずしげ) 東原和成
生年月 昭和41年12月(43歳)
現職

東京大学大学院農学生命科学研究科 教授

専門分野 生命科学
研究課題 匂いやフェロモンを感知する嗅覚の分子メカニズムに関する研究
主要な学術上の業績

東原和成氏は、動物が匂いやフェロモンなどの情報分子を感知する広い意味の嗅覚の多様な分子機構について優れた独創的な業績をあげてきました。その解明に当たっては細胞生物学、神経科学、ゲノム科学、さらには有機化学などの領域を融合した独自の手法を駆使し、遺伝子発見後、長い間実証されなかったマウス嗅覚受容体の機能解析に成功しました。その成功を皮切りに、脊椎動物とは異なる昆虫嗅覚受容体の構造・機能の解明、昆虫フェロモン受容体として始めてのカイコ蛾性フェロモン受容体の同定および機能解明、雄マウス涙腺から分泌される性フェロモンペプチドの発見とその受容体の同定、カイコ誘引に関わる桑葉の匂い分子とカイコ受容体の同定等に次々と成功しました。
これらの成果は嗅覚生物学における先導的な貢献として国際的に高く評価されると同時に、害虫・害獣の制御、食品成分の評価など、農学領域における新しい応用の可能性を開くものとして更なる発展が期待されます。

氏名 西村 玲 (にしむら りょう) 西村 玲
生年月 昭和47年6月(37歳)
現職 財団法人東方研究会 研究員
専門分野 日本思想史
研究課題 普寂を中心とする日本近世仏教思想の研究
主要な学術上の業績

西村 玲氏は「近世日本思想史研究」が、儒教(荻生徂徠)と国学(本居宣長)の政治思想を中心に展開し、又「日本仏教史研究」が上古と中世に傾斜している事実に注目して、その不足を補うべく普寂(1707-1781)を中心に「近世日本仏教思想史」の解明に努めました。
従来江戸時代の仏教は、幕府が耶蘇教対策として仏教を利用した為、檀家制度と本末制度が確立して形骸化し、明治の廃仏毀釈に連なった「退廃期」とされました。西村氏は普寂の主著「顕揚正法復古集」を中心にその著作を精査し、従来の見解を訂正しました。
普寂は「理論的」には同時代の仲基(1715-1746)、徂徠(1666-1728)、宣長(1730-1801)の近世批判的精神の一翼を担って「大乗非仏説」を容れ、又「実践的」には戒律と瞑想を重んじて小乗戒を認め、当時の官僧と対立しました。その為、彼は久しく仏教諸派から異端視されていましたが、明治に入って再評価され、又ここに学問的に近代仏教の思想的先駆者として明示されました。

氏名 畠 賢治 (はた けんじ) 畠 賢治
生年月 昭和43年3月(41歳)
現職 産業技術総合研究所ナノチューブ応用研究センター 
研究チーム長
専門分野 ナノテクノロジー、材料科学
研究課題 カーボンナノチューブ合成の基礎と用途開発への応用に関する研究
主要な学術上の業績

畠 賢治氏は、CVD法を用いたカーボンナノチューブ合成において、スーパーグロース法と名付けられている高効率合成法を開発しました。成長雰囲気中にごく微量の水分を添加するという簡便な方法で、触媒活性を従来に比べて数十倍高い85%以上に、また数秒であった触媒寿命を数十分に改善することに成功しました。この合成法の特徴は、従来技術の約1500倍の結晶成長速度で2.5mmの高さに達し、且つきれいに配列した単層カーボンナノチューブの集合体を99.98%の超高純度で作り出すことが可能なことです。また、基板上にパターン化して、高密度高純度で配列させた成長が可能であり、機能物体として取り扱うことが出来るようになりました。これにより、新しい学術領域が開拓されたのみならず、工業的な応用範囲を大きく広げ、技術的に大きなブレークスルーを達成しました。これまでに重要な独創的技術が実現され、応用の基礎展開が著しく進展していることから判断して、今後カーボンナノチューブ集合体の実用への発展が大いに期待できます。

氏名 望月拓郎(もちづき たくろう) 望月拓郎
生年月

昭和47年8月(37歳)

現職

京都大学数理解析研究所 准教授

専門分野 微分幾何・代数幾何
研究課題 調和バンドルの漸近挙動の研究
主要な学術上の業績

望月拓郎氏は、代数・幾何・解析のすべてが融合する分野において、調和バンドルの理論を構築し、数学全般に大きなインパクトを与える成果をあげました。
調和バンドルの特異点での振る舞いの詳細な解析により、調和バンドル、安定ヒッグスバンドル、単純平坦バンドルの間の小林-ヒッチン対応を確立し、準射影多様体上の調和バンドルの理論をうちたてました。さらに、これをもちいて平坦バンドルの「半単純性」に関する驚くべき結果を得ました。一般には、ものが単純なものに分解するとは限らず、複雑な構造をもつのが普通です。単純なものにきれいに分解する場合を「半単純」とよんでいます。
このような「半単純」なものにいろいろな操作をほどこせば、ますます複雑になり「半単純性」は崩れてしまうと考えるのが常識的な考え方です。望月氏は、この常識に反して、平坦バンドルの「半単純性」が基本的な操作で保たれることを示しました。これらの成果は、今世紀の数学の発展を支える基礎の一つとなるでしょう。