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日本学士院新会員の選定について

日本学士院は、平成21年12月14日開催の第1034回総会において、日本学士院法第3条に基づき、次の7名を新たに日本学士院会員として選定しました。
今回の選定で会員数は133名となります。

(1)第1部第1分科
氏名 川本皓嗣(かわもと こうじ) 川本皓嗣
現職等 大手前大学学長、東京大学名誉教授
専攻学科目 比較文学
主要な学術上の業績

川本皓嗣氏は、フランス近代詩から出発し、イギリス・アメリカの近現代詩や日本の詩(和歌、連歌、俳句、近現代詩、翻訳詩)はおろか、最近は中国詩までを視野に入れ、掛詞(pun)の働きを念頭に〈詩とは何か〉を追求して、かけ離れた二つのコンセプトやイメージを、記号表現(語の音)または記号内容(語の意味)の類似性によって重ね合わせることで詩が誕生するとみる「二重像による世界認知」の詩学に到達しました。また、比較文学者としての川本氏は、わが国における外国文学の受容を論ずるに留まらず、外国文学相互間の影響関係にまで研究対象を拡大する一方、上の詩学との関連で短詩に属する日本詩歌の独自性とその魅力を世界に向けて発信し、日本比較文学会会長、およびアジア人としては初の国際比較文学会会長(平成11年-15年)を務めました。同氏の研究の良さは、先行研究を踏まえつつも比較文学者ならではの該博な知識と柔軟な感性に基づき、つねに斬新な見方を提供するところにあります。

【用語解説】

○掛詞(かけことば)(pun(パン)【英】)
同音異義を利用して、一語に二つの意味を持たせたもの。古来より和歌などに用いられてきた技法の一つ。
(2)第1部第1分科
氏名 佐藤彰一(さとう しょういち) 佐藤彰一
現職等

名古屋大学大学院文学研究科特任教授

専攻学科目 西洋史学
主要な学術上の業績

佐藤彰一氏は、とりわけ古文書学の研鑽の上に立つ他の追随を許さぬ緻密な実証と、先行研究の旺盛な摂取に育まれた豊かな構想力とを共に示す、わが国を代表する西洋中世史家です。
その姿は、日本学士院賞受賞作『修道院と農民』(1997年)に鮮やかに投影されています。775頁に及ぶこの大著は、中世初期フランス、ロワール河流域の一修道院支配下の農民たちの生活を、僅かに残る会計文書の断片を基に、佐藤氏独自の史料分析と関連諸分野の厖大な研究成果とを重ね合せて見事に浮び上らせた労作で、日本における西洋中世史研究の水準の高さを国際的に示すものと言えます。
そこで展開されるのは、ヨーロッパ中世世界成立の道筋を、社会の基底に焦点を定め、7世紀後半の中部フランスの一地方に当面、視野を限って具象的かつ総合的に描く作業ですが、その公表の前後を通じ現在に至る同氏の学問的関心は、一貫してローマ帝国崩壊後、ヨーロッパ中世がいつ、いかなる姿で形造られて行ったかを明らかにするところにあります。その到達点こそ、近作『中世世界とは何か』(2008年)であって、そこで同氏は伝存文書のほか聖人伝、年代記など、これまで自家薬籠中のものとしてきた各種史料に加え、関連諸学の成果をも援用して、中世初期ヨーロッパの諸相と世界史的位置とを活写し、今後の西洋中世史学の行方を展望しています。
また、コレージュ・ド・フランスでの招聘講義など、同氏の海外での活動はめざましく、国際的にも第一線に立つ歴史家と評することができます。

【用語解説】

○古文書学
紙(中世ヨーロッパでは羊皮紙が多用された)に記されて伝存し、史料と目される 各種文書の書体、形式、機能、それらの変遷、真偽判定などについて体系的に研究 する学問分野。佐藤氏はフランス留学中に、中世史研究の基礎学として、これを学 んだ。
○会計文書の断片
フランス中部、トゥール地方のサン・マルタン修道院所領で、地代徴収担当者が農 民からの取立ての際、現場に携行したと目される実務用記録の伝存断片で、現在は フランス国立図書館に所蔵されている。欧米諸家の間で手つかずであったこの文書 群が佐藤氏の労作の出発点を成す。
(3)第1部第1分科
氏名 塩川徹也(しおかわ てつや) 塩川徹也
現職等

東京大学名誉教授

専攻学科目 フランス文学
主要な学術上の業績

塩川徹也氏は、パスカルの『パンセ』に関する研究を中心として、その研究を深め、同時にその研究対象をも拡大しながら今日にいたっています。塩川氏の研究は、ただ単に日本国内だけではなく、フランス語で発表した著書、論文をとおして、フランスにおいてもまた、この分野の研究を先導し続けてきました。同氏がパリ第4=ソルボンヌ大学に提出し、1977年にニゼ書店から刊行した博士論文『パスカルと奇蹟』(日本語訳は『パスカル 奇蹟と表徴』)は、フランス学士院、ヴィクトル・デルボス賞を受賞しました。同氏は、この博士論文から出発し、『虹と秘蹟 パスカル<見えないもの>の認識』(1993年)、および『パスカル『パンセ』を読む』(2001年)を書きあげました。そして最後に、それまでの研究の集大成として『パスカル考』(2003年)をまとめ、これに対しては、平成17年度の日本学士院賞が与えられました。同氏の一連の研究は、巨大な山なみにたとえることもできます。

【用語解説】

○パスカル
フランスの思想家・数学者・物理学者(1623年-1662年)。大気圧・液体圧に関する業績や円錐曲線論は有名。無限な宇宙に比すれば、人間は葦の如く弱いが、それを知っている人間は「考える葦」として「知らない宇宙」よりも偉大であり、更にすべてを知っていることよりも一つの小さな愛の業の方がなお偉大であると説いた。これを物体・精神・愛という秩序の三段階と呼んだ。今日では実存主義の先駆と見なされている。
○『パンセ』
パスカルの遺稿集〔パンセとは「思考」の意〕。1670年刊。神なき人間の悲惨を説き、信仰の偉大な力をたたえる。「キリスト教護教論」として執筆されたが、明晰で力強い文体、鋭い人間観察によってモラリスト文学の傑作に数えられる。瞑想録。
(4)第1部第2分科
氏名 石井紫郎(いしい しろう) 石井紫郎
現職等 大学共同利用機関法人自然科学研究機構理事、
(独)日本学術振興会学術システム研究センター相談役、
東京大学名誉教授
専攻学科目 日本法制史
主要な学術上の業績

石井紫郎氏は、初期の研究において、江戸時代の土地の「所持」という概念を、ヨーロッパ近代の「所有」概念に類似のものと見なしてきた研究史を見直し、その時代の社会・権力構造に根差す独特の形式と意味内容をもつものであったことを明らかにしました。その後中世に遡って、土地所有にとどまらず社会構造の広い範囲に及ぶ諸概念の歴史的研究を進めました。それは、従来「差異」と「断絶」を強調されがちであった日本の中世史と近世史を架橋する試みです。
石井氏の研究は、比較史的視座に立脚する説得力のゆえに、他言語で発表された場合にも十分な理解を得ることができ、実際に、長年に亘って数多くの論考が英・独・仏語で発表され、国際的にも高く評価されています。

【用語解説】

○「所有」概念
特に近代ヨーロッパに見られる土地に対する複雑な封建的制約の廃止を目指して生成された「物を最も完全かつ全面的に支配する」概念である。石井氏は、歴史学・法制史学の分野で「土地所有」として描写されてきた現象を「所持」、「支配」、「領知」等の概念史的な分析で再構成を試みた。
「概念史」とは、歴史的社会で用いられた諸概念の「近代的概念のあてはめ」による理解を極力回避し、当該社会においてそれらの概念が如何なる意味内容を持ち、如何なる社会的文脈において如何なる役割を果たしたかを明らかにする方法である。
○日本の中世史と近世史
日本史における中世とは、一般的に12世紀鎌倉幕府の成立から16世紀末室町幕府滅亡までをいう。近世とは主に江戸時代(安土桃山時代を含む場合もある)を指す。
(5)第1部第3分科
氏名 石井寛治(いしい かんじ) 石井寛治
現職等 東京大学名誉教授
専攻学科目 日本経済史
主要な学術上の業績

石井寛治氏は、戦前期日本の戦略的中核産業であった生糸・絹織物業について、原料生糸の生産、織布工程、流通、市場、輸出に至る過程を、経営文書を含む根本史料に依拠して丹念に追究し、緻密な論理と幅広い実証を融合させることにより、この分野の世界市場における日本の位置を明らかにしました。
また石井氏は、蚕糸業の急速な発展は、日本銀行を頂点とする貿易金融システムに依存し、そうした政策的介入の存在なしには達成しえなかったことを指摘し、貿易に関しては、横浜正金銀行の史料を用いた実証的検討を行い、急成長するこの分野の産業に資金供給していたことを明らかにしました。
さらに同氏は、幕末開港と同時に日本に進出してきた英国ジャーディン・マセソン商会の活動をケンブリッジ大学所蔵の同商会文書によって分析し、経済的「外圧」の実態を初めて明らかにするとともに、そうした「外圧」への日本側の対応を「商人的対応」として究明しました。その意義は大きく、現在活発になっている19世紀後半のアジアにおける地域間貿易研究の先駆となりました。以上のように、近代日本経済史研究において、膨大な研究成果を挙げています。

【用語解説】

○蚕糸業
広く桑苗、蚕種、蚕蛹(さんよう)、繭(まゆ)、生糸(きいと)、真綿(まわた)、副蚕糸などの生産を行う産業。養蚕業と製糸業がその中心をなす。幕藩体制初期ごろまでは、生糸は中国からの輸入によっていたが、幕府および諸藩の奨励により、しだいに国内生産が盛んになり、幕末に本格的に発展した。開港の結果、一躍販路を海外市場に拡大し、日本は世界一の蚕糸国になった。生糸輸出は、戦前期において外貨獲得上もっとも大きな役割を果たしてきたが、第二次世界大戦後には生糸は逆に輸入されるようになっている。
○横浜正金銀行
1880年に国立銀行条例に基づいて横浜に設立された銀行。紙幣を銀貨に兌換(だかん)する銀本位制度を構築するために、紙幣で貸し出して銀貨で回収しつつ、主として日本人商人に貿易資金を供給する貿易金融機関の機能を果たすようになった。この結果、とくに茶、生糸などの輸出の拡大に貢献した。
○ジャーディン・マセソン商会
1832年、東インド会社船医で貿易商人のウィリアム・ジャーディンと私貿易業者ジェームス・マセソンにより、中国マカオに設立され、アヘン戦争後は香港に本拠を移した東アジア最大のイギリス系貿易商社。1859年に開港したばかりの横浜に支店を設立した。明治維新で活躍するイギリス商人トーマス・ブレーク・グラバーは、ジャーディン・マセソン商会の長崎代理店から出発して「グラバー商会」を設立。
○「商人的対応」論
欧米列強の「外圧」の下で日本が近代的産業化に成功した理由については、明治政府による官営事業とその払下げに求める「権力的対応」論や、開港前の生産者の発展段階の高さに求める「民衆的対応」論があるが、それらは、産業革命の展開を説明できないと批判し、日本商人が外国商人の内地侵入を阻止して資本蓄積を行い、その利益を近代産業に投資した「商人的対応」こそがアジア最初の産業革命を実現したという見解。
(6)第2部第4分科
氏名 深谷賢治(ふかや けんじ) 深谷賢治
現職等

京都大学大学院理学研究科教授

専攻学科目 数学
主要な学術上の業績

深谷賢治氏は、数学の一分野であるシンプレクティック幾何学における顕著な業績で知られています。深谷氏は、有限の大きさをもつ周期ハミルトン系には必ず周期解が存在するという予想(アーノルド予想)を、小野薫氏との共同研究で証明しました。さらに同氏らはこのアイディアを革新的に深め、深谷圏の理論に発展させました。
深谷圏は、点という概念やその上の関数の積の交換法則をすてて新しい空間像を作ろうとする数学的枠組みとして大きな研究の流れを作りつつ、既存の数学の問題を解くのにも役立っています。また深谷圏は、超弦理論で発見されたミラー対称性の数学的研究でも重要な役割を果たしており、さらに複素幾何学において層の圏が果たした役割をシンプレクティック幾何学で担うと期待されています。
同氏は幾何学の普及にも尽力し、同氏の描く幾何学の雄大な構想は、学術論文ばかりでなく多くの専門書、啓蒙書を通して、若い世代にも大きな影響を与えています。

【用語解説】

○シンプレクティック幾何学
古典物理学の解析力学から始まった幾何学。天体で周期的な現象がおこるのは,エネルギーが保存されるからであるが、エネルギーが保存される系をハミルトン系といい、シンプレクティック幾何学の研究対象となる。20世紀後半からの大域シンプレクティック幾何学の発展はめざましく、現在もっとも活発に研究されている幾何学の分野の一つである。
○周期解
微分方程式の解で、周期的に同じ形が繰り返される解のこと。
○圏
数学の対象となるものの中で、一定の性質を共有するものを集め、それら全体をまとめて研究するために考えられた概念である。カテゴリーともいう。
○交換法則
3×2=2×3のような法則。関数の積に対してもなりたつ。
○ミラー対称性
元来理論物理学(超弦理論)で発見された。数学的にはシンプレクティック幾何学と複素幾何学のある種の双対性と理解されている。
○複素幾何学
複素数を変数とする関数を研究するために考えられた幾何学。
○層
岡潔(1901年-1978年)やジャン・ルレー(1906年-1998年。フランスの数学者)などの研究から生まれた概念で、複素関数論や代数・複素幾何学の基本概念である。
(7)第2部第7分科
氏名 中西重忠(なかにし しげただ) 中西重忠
現職等

(財)大阪バイオサイエンス研究所所長、
京都大学名誉教授

専攻学科目 分子神経科学
主要な学術上の業績

中西重忠氏は、分子神経科学の研究を展開し、脳神経系の情報伝達と脳機能の発現の制御機構に関して画期的な成果を挙げました。中でも中西氏は、解析が困難であった受容体およびイオン・チャンネルの遺伝子の新しい単離法を開発し、神経ペプチド及び興奮性神経伝達物質グルタミン酸の受容体の遺伝子群とこれら受容体の脳機能における役割を明らかにしました。さらに同氏は、特定の神経回路の伝達機構を個体レベルで解析出来る新しい手法を開発し、これらの先駆的研究によって記憶、学習や視覚、嗅覚系の情報伝達の基本的な機構を明らかにしました。同氏の研究業績は、独自の手法の開発のもとに神経情報の基本原理を明らかにしたものであり、医学、生命科学の発展に大きく貢献するものです。

【用語解説】

○イオン・チャンネル
イオンを通す膜のタンパク質。イオン・チャンネルを介してプラスのイオン(例えばNa+, Ca2+)が透過すると神経細胞が興奮し、逆にマイナスのイオン(例えばCl-)が透過すると神経細胞の抑制が起こる。イオン・チャンネル及び受容体は膜タンパク質であるために、従来の手法では解析が困難であった。
○神経ペプチドとグルタミン酸受容体
神経ペプチドは、脳神経系で産生されるアミノ酸で構成される活性物質で、痛み、食欲、睡眠等多くの脳機能にかかわっている。一方グルタミン酸はアミノ酸の1種で神経細胞を興奮させる中心的な神経伝達物質である。受容体は膜表面でこれらの細胞間情報伝達物質と反応し、細胞内へ情報を伝えるタンパク質である。
○神経回路
神経細胞が相互に作用し、神経情報の処理と統合を行う神経細胞群のネットワークを意味する。神経回路においては神経伝達物質が神経細胞を興奮、あるいは抑制して情報を伝達する。グルタミン酸は、興奮性の伝達物質として中心的な役割を果たし、記憶・学習を始めとしてほぼ全ての脳機能の発現にかかわっている。

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