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日本学士院賞授賞の決定について

日本学士院は、平成21年3月12日開催の第1027回総会において、日本学士院賞9件(村上哲見・江口徹氏に対しては恩賜賞を重ねて授与)を決定しましたので、お知らせいたします。
受賞者は以下のとおりです。

1. 恩賜賞・日本学士院賞
研究題目 「宋詞に関する研究」
氏名 村上哲見(むらかみ てつみ) 村上哲見
現職 東北大学名誉教授
生年(年齢) 昭和5年(78歳)
専攻学科目

中国文学

出身地 愛媛県松山市
授賞理由

村上哲見氏は、著書『宋詞研究 唐五代北宋篇』(創文社、1976年2月)および『宋詞研究 南宋篇』(創文社、2006年12月)において、唐末・五代に始まり、北宋を経て南宋にいたる「詞tsu」と称される抒情文学の発生・展開・成熟の歴史を、主要な作家の作風と、その韻文様式の変遷を分析することによって、系統的・文学史的に追究しました。

中国における従来の詞文学に対する評論は、過去の作者の作品を自己の創作の模範として、どの作家、どの作品を理想と考えるか、という観点からなされ、活動の時期を異にする作家たちを同一平面に並べて論評してきました。

村上氏はこれに対し、唐宋間の文学傾向の変化という巨視的な文学史的視点に立って、唐の温庭筠(ていいん)、北宋の張先、柳永、蘇軾(そしょく)、周美成、南宋の辛棄疾(しんきしつ)、姜夔(きょうき)、呉文英、周密など、各時代を代表する作家たちのそれぞれの時代背景、作家間の作風の継承関係などを微細に分析し、唐末・五代に発して北宋に充実し、南宋に極まった「詞tsu文学」の文学史的変遷を、客観的な資料分析により、はじめて体系的に描き出しました。「詞tsu文学」の作家・作品を豪放派、婉約派に二分する従来の評論に対しても、両者の間に微妙な交錯が認められるという独自の見解を提起しています。

日中両国における研究史を通じ、文学史的視点の提示という点で、傑出した成果を示した研究として評価されます。

【用語解説】

唐、五代、北宋、南宋

中国の王朝の一つ
(唐)618年-690年、705-907年
(五代)907年-960年
(北宋)960年-1127年

(南宋)1127年-1270年
豪放派
政治的な意見を持ったもの等の力強い主張を描く流派
婉約派
男女の情愛、花鳥風月などの艶やかな内容を描く流派
2. 恩賜賞・日本学士院賞
研究題目 「数理物理学的な手法による素粒子論の研究」
氏名 江口徹(えぐち とおる) 江口徹
現職 京都大学基礎物理学研究所所長・教授
生年(年齢) 昭和23年(61歳)
専攻学科目 素粒子物理学
出身地 茨城県土浦市
授賞理由

江口 徹氏は数理物理学的な手法を用いて素粒子物理学を研究し、重力理論、ゲージ理論、超弦理論など多岐に亘る分野で優れた先駆的業績を挙げています。特に、ユークリッド領域におけるアインシュタイン方程式の新しい厳密解の発見は重要な業績です。この解は重力インスタントン、江口・ハンソン空間などと呼ばれますが、素粒子の統一理論として有望な超弦理論において非可換ゲージ対称性を生成する機構を与えるため、超弦理論の力学を研究する上で極めて重要な役割を果たしています。

また、江口氏はゲージ対称性が高い極限のゲージ理論に著しい簡単化がおこり、これらの理論が行列模型で記述される可能性を指摘しました。場の理論がある極限で行列模型に帰着される現象は様々な例で再発見され、場の量子論を取り扱う強力な手法を与えています。同氏はさらに超弦理論における量子論的な幾何学に関する重要な予想を提出しました。この予想は古典的な幾何学が超弦理論において量子論的補正を受ける様子を記述するもので、数学者によりその重要な部分が証明されています。

【用語解説】

超弦理論

重力を含む素粒子の統一理論として現在最も有望とされている理論。自然界の基本粒子である素粒子は、点ではなく紐状に広がっていると考え、ミクロの世界で素粒子を考えるのに有用とされる。また、我々の住む時空を4次元ではなく10次元とすることで、一般相対性理論と量子論が矛盾しないよう改善されている。

ゲージ理論
繰り込み理論の成功で知られる量子電磁気学を拡張した理論で、ゲージ理論の方法を用いることにより素粒子の間に働く強い力、弱い力、電磁的な力を正しく記述することができると考えられる。
行列理論
各行列要素がランダムな値を取る行列のモデルで、原子核のエネルギー準位の統計的な取り扱いなどによく用いられる。
3. 日本学士院賞
研究題目

『選挙制度と政党システム』および『日本の国会制度と政党政治』

氏名 川人貞史(かわと さだふみ) 川人貞史
現職 東北大学大学院法学研究科教授
生年(年齢) 昭和27年(56歳)
専攻学科目 政治学
出身地 富山県高岡市
授賞理由

戦後政治学において、データに基づく実証的政治学はめざましく発展しています。選挙研究がその典型ですが、最近では、国会研究がこれを乗り越えようとしています。川人貞史氏は20年近く前に出版した『日本の政党政治1890-1937年』(1992年)により、戦前の議会、政党、選挙の数量分析を駆使し、その史的変化を実証的に検討したことで、高い貢献をしており、まさに、この両領域における先駆者の一人でありました。

今回の、川人氏の受賞作は、前著の先駆的分析を戦後政治に向けて展開したものです。第一作の『選挙制度と政党システム』(木鐸社、2004年1月)は、選挙制度と政党システムの間に密接な関連があるとする一般理論に対して、「選挙制度は必ずしも、政党システムおよび政党間競争を決定する最重要な要因ではない」と、膨大な選挙データと高度な統計分析に基づいて議論しています。

第二の著書、『日本の国会制度と政党政治』(東京大学出版会、2005年9月)は、現代日本の政党政治を、日本国憲法によって創設された国会制度の形成・変容と、議会運営をめぐる政党間競争を通して、長期的に分析した研究成果です。本書は、データ分析の量と質の高さはもとより、理論の一貫性においても、読者を圧倒しています。同氏の採用する理論とは、合理的選択理論と歴史研究を融合させた「合理的選択新制度論」ですが、かかる最先端の理論分析を通して、定性的な政治史研究と定量的な実証研究を融合させました。今後の日本政治学の進むべき一方向を明示する画期的研究です。

【用語解説】

合理的選択理論
人間は自己利益の最大化のために合理的に行動する、という仮定のもとに政治現象を予測し、また事後的に説明しようとする理論
4. 日本学士院賞
研究題目 『フランス自由主義の成立—公共圏の思想史』
氏名 安藤隆穂(あんどう たかほ) 安藤隆穂
現職

名古屋大学大学院経済学研究科教授

生年(年齢) 昭和24年(59歳)
専攻学科目 社会思想史
出身地 愛知県西賀茂郡(現豊田市)
授賞理由

大革命を控えたフランス社会には、それを近代化しようとする様々な思想がありましたが、安藤隆穂氏は著書『フランス自由主義の成立-公共圏の思想史』(名古屋大学出版会、2007年2月)において、その様々な思想の中でアダム・スミスの二つの主著すなわち『道徳感情論』と『国富論』が、同時に一体として受容されていたことに注目しました。分業と相互同感によって統合される自由な小生産者の社会としてのスミスの文明社会は、受容の過程で、一方では教育論や奴隷論などによって社会的内容が豊かになり、他方ではイギリスから言論の自由、ドイツから感情的接触という二つの個人統合の原理を学びとって、生活中心の小市民自由主義というフランス特有の自由主義思想を生み、底流として今日に至ると安藤氏は論じています。

このようなフランス自由主義の性格規定は、同氏の国際的な視野と学際的な研究方法と緻密な文献考証によって初めて可能になったものであり、本国フランスにも例を見ない、日本から国際的に発信すべき近代社会思想史研究の成果です。

【用語解説】

『道徳感情論』と『国富論』

スミスは、道徳哲学の教授であり、『国富論』(1776年初版)よりも『道徳感情論』(1759年初版)の方を主著として考えていた。両書の統一的理解が、自由主義政治経済の本質理解にとって不可欠であることが最近の学界では主流となりつつある。このことが19世紀初頭のフランス思想史の中で自由主義の源泉となっていたことを、安藤氏は文献考証によって上記著作で明らかにした。

5. 日本学士院賞
研究題目 「糖質を用いる多様な天然生理活性物質の全合成」
氏名 竜田邦明(たつた くにあき) 竜田邦明
現職 早稲田大学理工学術院教授
生年(年齢) 昭和15年(68歳)
専攻学科目 天然物有機化学・有機合成化学
出身地 大阪府大阪市
授賞理由

竜田邦明氏はグルコースやグルコサミンなど、いわゆる糖質を用いる合成法を開拓して構造、生理活性共に多様な多くの天然生理活性物質の全合成に成功し有機合成の重要な方法論として基礎を築きました。

抗生物質を始め自然界に存在する天然物は、構造中に不斉炭素原子を数多く持つものが多く、殆どの場合その立体異性体は元の生理活性を示しません。最小単位の原料から天然物と同じ立体配置を持つ化合物を有機化学的に合成するためには、立体配置の確定している物質を不斉炭素源とし、立体特異的な反応を組み合わせて目的の天然物のみを合成することが重要です。

同氏は、立体配置が確定し、かつ入手容易な糖質を不斉炭素源として目的の天然物を全合成する立体特異的合成法を開拓することによって、タイロシン(動物薬)、テトラサイクリンおよびチエナマイシン(いずれも細菌による感染症用)など、有用な抗生物質を含む57種の多様な天然物の全合成を世界に先駆けて完成しました。これらの研究は有用物質の創製および工業的合成法の開発(ペニシリン系抗生物質の製造に応用)など、関連する領域の発展にも大きく貢献しました。

【用語解説】

天然生理活性物質(天然物と略す)
自然界において動植物、微生物などが産生し、抗菌活性、制がん活性、神経興奮・抑制作用、血圧降下作用などの生理活性(生物活性ともいう)を示す物質
全合成
最小単位の原料(たとえばグルコース)から天然物そのものを化学合成すること。特に、最初の全合成は、有機合成化学の進歩に貢献するだけでなく、その天然物の構造を確定し生理活性を確証して境界領域の発展に寄与する。
【タイロシン、テトラサイクリンおよびチエナマイシンの構造式】
タイロシン
タイロシン
テトラサイクリン
テトラサイクリン
チエナマイシン
チエナマイシン
不斉炭素原子と不斉炭素源
結合する全ての原子または置換基(有機化合物のある特定の水素原子を置換するために導入される原子)が異なる炭素原子を不斉炭素原子といい、それを含む原料を不斉炭素源と呼ぶ。本研究では、5個の不斉炭素原子をもつグルコースやグルコサミンなどの糖質が不斉炭素源として活用されている。
立体異性体
同一の構造式をもつ化合物が、その中の原子又は原子団の立体配置を異にすることで、異なった性質をもつ化合物
立体特異的合成
不斉炭素を1つ以上有する化合物は、複数の立体異性体を有する。複数の異性体の内、必要な化合物1種だけを得ることを、立体特異的合成という。
6. 日本学士院賞
研究題目 「大規模・高精度計算科学に関する研究」
氏名 矢川元基(やがわ げんき) 矢川元基
現職

東洋大学計算力学研究センター長・同大学院工学研究科教授
東京大学名誉教授

生年(年齢) 昭和17年(66歳)
専攻学科目 計算力学・計算科学
出身地 佐賀県鹿島市
氏名 渡邊貞(わたなべ ただし) 渡邊貞
現職

独立行政法人理化学研究所次世代スーパーコンピュータ開発実施本部プロジェクトリーダー

生年(年齢) 昭和19年(64歳)
専攻学科目 電子工学
出身地 北海道栗山町
授賞理由

矢川元基氏は、大規模・複雑構造体の力学的、熱学的といった物理量の高精度解析法を創出しました。また、原子炉圧力容器のような機械・構造物に対する破損寿命の高精度評価システムを確立しました。これらは、計算力学の高性能ソフトウェアとして多方面で実用化されています。

渡邊 貞氏は、スーパーコンピュータのアーキテクチャを研究し、超高性能のベクトル型スーパーコンピュータのアーキテクチャを開発・確立しました。ベクトル型アーキテクチャに基づくスーパーコンピュータは、科学技術計算におけるナノレベルから地球規模に至る課題を広く扱うことが出来る計算基盤として実用化されてきました。

両氏の研究によって、大規模・高精度計算科学・工学という分野の基盤が統一的に開拓されたものとして、その意義は極めて高く評価されています。

【用語解説】

計算力学
構造体や流体などを仮想的に適切な要素に分割することによって得られる大規模連立方程式をコンピュータで解くことによって変形・速度・応力・温度などの物理量を求める近似解法に関する学問分野のこと。代表例として有限要素法や差分法が知られている。
計算科学・工学
コンピュータシュミレーションによって科学や工学の諸問題を解明することを目的とした学問分野の総称
ベクトル型スーパーコンピュータ
ベクトルと呼ぶ大量のデータを一括処理することにより、秒あたりの浮動小数点演算回数(フロップス)を高め、演算を超高速に実行する汎用のスーパーコンピュータ。これに対し、細かいデータを逐次的に処理する方式をスカラ型スーパーコンピュータと呼ぶ。
アーキテクチャ
コンピュータの基本骨格を決めるもので、システム全体の構成、中央演算処理装置(CPU)の基本機能や構成、メモリ・入出力の構成などのこと
7. 日本学士院賞
研究題目 「イネ科作物の遺伝資源学の確立とその実践的貢献」
氏名 武田和義(たけだ かずよし) 武田和義
現職 岡山大学資源生物科学研究所教授

中国科学院石家庄農業現代化研究所名誉教授

生年月日 昭和18年(65歳)
専攻学科目 植物育種学、作物遺伝資源学
出身地 北海道空知郡(現岩見沢市)
授賞理由

武田和義氏は、オオムギを中心に、イネ科作物の多数の品種や系統を収集し、栽培に関係する多くの性質を調べて変異を明らかにしました。これら性質の新しい検定法を開発して品種改良に役立つと思われる性質を持つ系統を選別し、優れた性質を支配する遺伝子を特定し、得られた新しい有用遺伝子源を世界の多くの国に提供してきました。また、自ら収集・開発した遺伝資源を育種の実際面に生かすための国際的な共同研究を行い、中国の三河平原に適した耐塩性の高いコムギ品種や、カナダの風土に適し香味の安定性に優れたビール大麦品種の育成に成功しました。このように、武田氏は、イネ科作物の遺伝資源学の確立とその実際面における活用に大きな貢献を行いました。

同氏がイネ科作物の遺伝資源の研究において発見したストレス耐性、品質、収量性などに関わる新遺伝資源は、今世紀最大の課題の一つとされている食糧問題解決の重要な素材になり得るものと高く評価されます。

【用語解説】

三河平原
中国の黄河、准河、海河の3つの河川の下流域に広がっている塩分濃度が高く作物が生育しにくい平原
コムギ品種
品種名は「A115」。2000年に中国河北省により実用品種に採用され、この功績により武田氏は中国科学院石家庄農業現代化研究所より名誉教授の称号を授与された。
ビール大麦品種
サッポロビール(株)とカナダのサスカチュワン大学との共同研究により育成。2008年に「PolarStar」の名称でカナダの品種認定を得た。
河北省におけるコムギA115の生育状況
【河北省におけるコムギA115の生育状況(右が武田氏)】
8. 日本学士院賞
研究題目 「生理活性脂質と膜脂質代謝に関する研究」
氏名 清水孝雄(しみず たかお) 清水孝雄
現職

東京大学大学院医学系研究科長・医学部長・教授

生年(年齢) 昭和22年(61歳)
専攻学科目 生化学・医学
出身地 東京都千代田区
授賞理由

脂質とは両親媒性の分子であり、生体膜構成成分、エネルギー源、タンパク修飾などの機能に加えて、近年ホルモン様の分子として、炎症、免疫を始め、体温調節、血圧調節、出血凝固、生殖機能、神経機能などに深く関わっていることが明らかとなってきました。こうした一連の分子を「生理活性脂質」あるいは「脂質メディエーター」と呼びます。清水孝雄氏は30年に亘り、生理活性脂質の代謝と機能に関する研究を進めてきました。具体的にはホスホリパーゼA2、5−リポキシゲナーゼなどの重要な酵素を単離し、生理活性脂質の生合成と分解経路を明らかにしました。また、生理活性脂質の機能を明らかにするために、受容体を同定し、受容体遺伝子欠損マウスを作製しました。これらの研究により、生理活性脂質の生体機能や病気における役割が明らかとなり、気管支喘息の治療薬開発に貢献しました。さらに、生理活性脂質の前駆体であり、また、細胞機能に必須であるグリセロリン脂質膜の多様性や非対称性に注目し、その多様性形成機構を説明できるアシル転位酵素(アシル基を一方の基質から他方の基質へ移動させる反応を触媒する酵素)ファミリーを20遺伝子単離しました。細胞膜の形成機構は、細胞が変形・運動する際の膜柔軟性などの生命現象を解読するために非常に重要な一歩と考えられています。

【用語解説】

両親媒性
水と油の両方に溶ける性質を持つこと。海洋中に細胞という閉じた環境が生じるには両親媒性を持つ脂質膜が必須であった。
ホスホリパーゼA2
リン脂質を加水分解する酵素でアラキドン酸などの不飽和脂肪酸とリゾリン脂質を合成する。
5−リポキシゲナーゼ
アラキドン酸からロイコトリエン(気管支喘息や関節リウマチの発症に関与する分子群)を産生する最初の段階を触媒する酵素
グリセロリン脂質
生体膜の主成分でグリセロール骨格とリン酸基を持つため、この様に称する。二つの脂肪酸を持ち両親媒性の形成に重要であるが、脂肪酸の長さや二重結合の数や位置などで、合計1000種類近く存在すると考えられている。不飽和脂肪酸(二重結合を含む脂肪酸)が多いと膜は柔らかくなり、他方飽和脂肪酸が多いと膜は固くなるという性質を持つ。

【飽和脂肪酸の多い固い膜(左)】 【不飽和脂肪酸の多い柔らかい膜(右)】
グリセロリン脂質
9. 日本学士院賞
研究題目 「細胞内カルシウム制御機構の研究」
氏名 御子柴克彦(みこしば かつひこ) 御子柴克彦
現職

独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター神経発達障害研究グループグループディレクター
東京大学名誉教授

生年(年齢) 昭和20年(64歳)
専攻学科目 脳神経科学
出身地 長野県上伊那郡
授賞理由

生命現象に重要なカルシウムイオンを細胞内に貯蔵し必要に応じて放出する制御の主役を演ずるIP受容体は、細胞の働きに必須であるにもかかわらず、薬理学的概念のみで、その分子実体も局在も不明でした。御子柴克彦氏は、小脳失調の突然変異マウスで欠落するP400蛋白質がIP受容体であることを証明し、分子量31万の巨大膜蛋白質の全構造を世界で初めて決定し(1989年)、それがカルシウムチャネルであり、小胞体に局在することを示しました。また、IP受容体の3次元微細構造を解析し、チャネルポアーの開閉機構も解明しました。

さらにIP受容体の生理機能を研究し、これが受精、胚の背側と腹側の決定、脳の発生・発達や運動機能、神経可塑性、外分泌機能に重要な役割を果たし、その障害はヒトのシェーグレン症候群や小脳失調症などの病気と深く関わることを示しました。

御子柴氏は、IP受容体の発見に基づき、小胞体からのカルシウム放出による細胞内カルシウム制御が生命現象に重要であることを示し、この分野で世界をリードしています。

【用語解説】

IP(イノシトール3リン酸)
細胞が刺激を受けた時に細胞内に産出される情報伝達物質の一つで、カルシウムの細胞内制御に重要な役割を果たす。
IP受容体
IPが結合することにより開くカルシウムを放出する「カルシウムチャネル」であり、小胞体膜に局在している分子量約31万の巨大な膜貫通蛋白質。小胞体にはカルシウムが貯えられているため、IP受容体を介して細胞質内へカルシウムが放出されて、様々な生理機能を起こす。IP受容体には20種近くの重要な機能を持つ分子(Na、Kポンプ、ハンチントン病の原因分子、カルシウム結合蛋白質など)が結合している。
チャネルポアー(孔)
IP受容体は、細胞の小胞体にあるカルシウムを放出する「カルシウムチャネル」としての働きをもつが、カルシウムを放出する部分をチャネルポアー(孔)という。
小胞体
細胞内に局在する小器官で、蛋白質合成、ユビキチン化、レドックス制御の他にカルシウム貯蔵という役割を担っている。
シェーグレン症候群
自己免疫疾患の一種で乾いた口、乾いた目等の外分泌障害を主な症状とする。患者血清中に自己抗体が検出され、IP受容体の抗体の検出にも成功している。

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