日本学士院

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日本学士院会員の選定について

日本学士院は、令和4年12月12日開催の第1164回総会において、日本学士院法第3条に基づき、次の8名を新たに日本学士院会員として選定しました。

第1部第1分科

氏名

藤本幸夫(ふじもと ゆきお)

藤本幸夫

現職等

富山大学名誉教授、麗澤大学客員教授・名誉教授、東洋文庫研究員

専攻学科目

朝鮮書誌学・朝鮮語学

主要な学術上の業績

藤本幸夫氏は朝鮮書誌学研究において、国際的に重要な役割を果たしてきました。朝鮮の制度や文化は中国を軌範として形成されましたが、その媒体となる書籍も中国からの絶大な影響を受けています。近世以降になると、朝鮮撰述の著作を含む大量の朝鮮本漢籍(刊本及び写本)が日本にもたらされましたが、藤本氏は日本に現存する朝鮮本に善本が多いことに着目して、その調査・研究を進めてきました。全国各地に存する朝鮮本を半世紀にわたり広く調査して、従来にない精細な手法により詳細かつ周到な多くの書誌を編纂しました。その集大成として著されたのが『日本現存朝鮮本研究』であり、中国の伝統的な図書分類法である「四部分類」に則って、これまで集部(詩文集)と史部(歴史書)の二冊が公刊されています。今後さらに子部(諸子百家などの思想・技術書)経部(儒家の書)についても刊行が準備されており、それらが完成すれば、朝鮮書誌学に関してはもとより、中国や日本の学術・文化の研究にも極めて大きく資するものとなります。


【用語解説】

朝鮮刊本
朝鮮で出版された木版本並びに活字(金属活字・木活字)本。朝鮮で著述された書以外に、中国本を底本とすることも多い。中国本の中には既に本国で失われた宋・元版も少なくない。
善本
一般的には原本に近くテキストの優れた書を指す。校訂の行き届いた書や美麗な書を指すこともある。
『日本現存朝鮮本研究』
『日本現存朝鮮本研究 集部』(京都大学学術出版会、2006年2月刊)
『日本現存朝鮮本研究 史部』(韓国・東国大学校出版部、2018年7月刊)
四部分類
中国の伝統的な書籍分類法で、以下の四部に分ける。「経部」(四書五経等書)、「史部」(歴史書)、「子部」(儒教・道教・仏教・天文・地理・医学等々書)、「集部」(詩文書)。
子部(諸子百家などの思想・技術書)
儒教・道教・仏教・天文・地理・医学等の思想・技術書。
経部(儒家の書)
四書五経等の書。

氏名

河野元昭(こうの もとあき)

河野元昭

現職等

静嘉堂文庫長・美術館長、東京大学名誉教授、京都美術工芸大学名誉教授

専攻学科目

日本美術史学

主要な学術上の業績

河野元昭氏の主要な学術上の業績は江戸絵画史に関するものです。まず琳派研究では、様式論を発展させるとともに、資料の発掘と再確認を進めて伝記研究の実証性を高め、また琳派芸術に通奏低音のごとく流れる能謡曲との密接な関係を明らかにして、琳派研究に新しい地平を開きました。次に文人画研究では、我が国における教養人画家の中国文人に対する尊敬や憧憬を重視して、「南画」ではなく「日本文人画(文人画)」と呼ぶことを提唱し、これを実証すべく調査研究を進めました。また江戸狩野研究では、写生と障壁画新様式創出の両面から、狩野探幽の近世絵画史上の意義を明確にしました。さらに円山四条派研究では、応挙の写生が伝統的視覚を内包しているという解釈を提示しました。河野氏の研究を概観すれば、第1に実証性と豊かな発想による新しい研究法、第2に中国絵画の影響やそれとの比較において進められた東アジア史的視野、第3に主要な江戸絵画史の流派やジャンルを網羅する幅広い学問的関心に特徴があります。


【用語解説】

江戸絵画
江戸時代に展開発展した絵画の全体を江戸絵画と総称している。これと安土桃山時代の絵画を併せて近世絵画と呼ぶ場合も多い。近世絵画は視覚主義、人間中心的傾向、宗教からの離反などの点で、古代絵画や中世絵画と区別される。しかし仔細にみれば、江戸絵画と安土桃山絵画にも市民的美意識や実証主義の点で、微妙な美的特質の差異が認められる。社会と時代精神の反映をそこに見出すことも可能である。
琳派
本阿弥光悦・俵屋宗達に始まり、尾形光琳・乾山兄弟によって広く普及し、酒井抱一・鈴木其一によって江戸化された絵画流派あるいは絵画ジャンル。抱一・其一の一群を特に江戸琳派と呼ぶ。平安王朝美の近世的復興と見なされ、豊かな装飾性を特色とするとされてきたが、図像解釈学的研究も進められるようになっている。
日本文人画
中国の文人画や南宗画を中心に、広く明清画やさらに我が国の絵画伝統を取り入れて、江戸時代に興った絵画ジャンル。祇園南海・柳沢淇園など初期文人画家に始まり、池 大雅・与謝蕪村によって大成され、田能村竹田・浦上玉堂など後期文人画家に受け継がれて広く愛好された。谷 文晁に始まる一派をとくに関東文人画と呼ぶ。しかし「日本文人画」「南画」いずれの呼称を用いるべきか、議論は続けられている。
江戸狩野
狩野派は室町幕府御用絵師であった狩野正信に始まる官学派であるが、本拠地はつねに京都にあった。これに対し、狩野探幽・尚信・安信三兄弟が徳川幕府より江戸に屋敷を拝領し、以後狩野派の本拠地が江戸になったので、これを江戸狩野と呼ぶ。京都に残った狩野山楽・山雪の系譜は京狩野といわれて、区別されるようになった。戦後、江戸狩野の研究は低調であったが、現在ではきわめて盛んになっている。
円山四条派
写生の重要性を強調して京都画壇の覇者となった円山応挙に始まるのが円山派である。応挙の弟子であった呉春は、写生に文人画的要素を加え、多くの弟子を育てて円山派をしのぐ人気を誇るようなった。彼らの多くは四条通りに住んでいたので、四条派と呼ばれるようになったが、淵源は応挙に求められるため、併せて円山四条派と呼ばれることが多い。

氏名

吉田和彦(よしだ かずひこ)

吉田和彦

現職等

京都産業大学外国語学部教授・ことばの科学研究センター長、京都大学名誉教授

専攻学科目

言語学

主要な学術上の業績

吉田和彦氏は印欧語比較言語学の分野において、ヒッタイト帝国の言語であったヒッタイト語を中心に比較言語学的研究を進め、卓越した言語学者として国際的に高く評価される多くの優れた業績を挙げました。

その主著The Hittite Mediopassive Endings in –ri (Walter de Gruyter, Berlin・New York, 1990)は、ヒッタイト語の中・受動態の動詞語尾-riを網羅的に検討し、印欧祖語の動詞体系の再建および分派諸言語の動詞体系の発展に関する重要な寄与として世界の学界で絶賛されました。

また、Studies in Anatolian and Indo-European Historical Linguistics (Graduate School of Letters, Kyoto University, 2004)は、印欧アナトリア諸語に関する10編、印欧語に関する6編の計16編の英語論文からなる論文集で、ヒッタイト語などの印欧アナトリア諸語のみならず、ギリシア語、ラテン語、古教会スラブ語、古期アイルランド語、ゲルマン語、リトアニア語(バルト語派)、サンスクリット語など、多くの印欧語を研究対象とし、これらを比較・検討することによって印欧祖語の再建と諸言語の歴史的発展の解明に絶大な貢献をしました。


【用語解説】

印欧語比較言語学
印欧系の諸言語(印欧語)は、インド・イラン、ヘレニック(ギリシア)、イタリック、ゲルマン、ケルト、バルト、スラブ、それにトカラ、アナトリアなどの語派に属し、世界の広大な地域で話されていた。印欧系という同じ系統に属するこれらの諸言語を比較することによって、それらの諸言語がそれぞれに分岐する以前の共通の祖先、いわゆる印欧祖語がどのような姿をしていたのかを推定し(祖語の再建)、またそれぞれの言語が祖語の段階からどのような歴史・変化を経て成立してきたかを解明する研究分野。
ヒッタイト帝国

紀元前17世紀から紀元前12世紀、アナトリア(現トルコ共和国)のハットゥシャ(ボアズ・キョイ)を都として栄えた帝国。鉄製の武器を使用したことでも知られる。

ヒッタイト語
ヒッタイト帝国で使われた、印欧系の諸言語の中で最も古い言語。楔形文字を用いて記された多数の粘土版文書や青銅板に刻まれた条約文書などが残されている。
Mediopassive
日本語では動詞の中・受動態といわれ、能動態の「(彼は子供の体を)洗う」に対し、「(彼は)自分の体を洗う」のごとく、動詞が表す行為が主語自身に関与する態 (voice)を指す。印欧語では中動態と受動態は形式的には区別されず、中・受動態という一つのカテゴリーとして能動態に対立するものとして扱われている。
印欧アナトリア諸語
紀元前2000年紀から紀元前1000年紀にかけてアナトリアで使われていたヒッタイト語、パラー語、ルウィ語、象形文字ルウィ語、リュキア語などの諸言語の総称。

氏名

小田部胤久(おたべ たねひさ)

小田部胤久

現職等

東京大学大学院人文社会系研究科教授

専攻学科目

美学芸術学

主要な学術上の業績

小田部胤久氏は18世紀中葉から19世紀初頭にかけてドイツで成立した西洋近代美学の研究を中心に据えて、古代ギリシアから現代にいたる西洋美学史全般、さらには近代日本の美学理論の研究に取り組み、大きな成果を挙げてきました。その研究の特質は、原典の厳密な読解から出発して、それぞれの美学理論を構成する概念の意味を確定するにとどまらず、それらの概念を西洋思想の広大な歴史的展開の中に位置づけ、それらが美学の根本的主題である感性、芸術、美といかに関わるかを追究することを通じて、身体と精神、感性と知性を兼ね備えた人間がよく生きるための条件の探究としての美学の歩みを跡づけるところにあります。このような小田部氏の仕事は欧米の学界でも高く評価されていますが、一方、同氏は日本人として西洋の美学を研究することに自覚的であり、自らの研究の営みを反省することを通じて近代日本の美学に目を向け、それが単なる欧米の理論の受け売りではなく、それに新たな可能性を開くものであることを、多数の論考によって明らかにしてきました。同氏の仕事は、個別の文化の固有性に立脚して、普遍的な世界文化の建設に寄与することを目指す今日の人文学研究の一つの模範ということができます。


【用語解説】

西洋近代美学
「美学 (aesthetica)」という術語そして概念は、ドイツの哲学者バウムガルテン(1714–62年)の同名の著書において創始され、その考察を引き継いだカントやヘーゲルによって哲学の一分野として確立した。だからと言って、美学に関わる諸問題が、それ以前の西洋思想の歴史において哲学的考察の対象とならなかったわけではない。その意味では、古代から現代にいたる西洋の美学、さらには西洋以外の文化圏の美学、例えば日本の美学を考えることができる。
美学の根本的主題である感性、芸術、美
バウムガルテンは、自らが創始した「美学」について、それを「感性の学」「芸術の理論」「美しいものについての学」などと規定している。小田部氏によれば、この三つの主題(感性、芸術、美)が収斂したところに近代美学が成立したという。
新たな可能性
小田部氏は、代表的事例として、美学の中心的主題を「美的生活」のうちに求める立場(その典型は、高山樗牛「美的生活を論ず」)、そして岡倉覚三の『茶の本』に見られるような「生の術」として芸術を捉える視点を挙げている。また哲学的な美学理論については、西田幾多郎の愛弟子であった木村素衞の仕事に注目し、彼の「表現愛」の美学の再発掘を試みている。

第2部第4分科

氏名

鈴木厚人(すずき あつと)

鈴木厚人

現職等

岩手県立大学長、高エネルギー加速器研究機構名誉教授、東北大学名誉教授

専攻学科目

物理学

主要な学術上の業績

鈴木厚人氏は、様々なニュートリノの観測的研究を通して多くの成果をあげました。特に鈴木氏自身の発案で建設された1,000トンの液体シンチレータを用いたカムランド実験で、カムランドからおおよそ180km離れた地点に存在する多数の原子炉で生成される反電子ニュートリノを測定し、測定されたニュートリノが予想値より少なく、またその減り方がニュートリノのエネルギーに依存し、ニュートリノ振動の予想とよく合うことを示しました。これにより長年の課題となっていた太陽ニュートリノ欠損の問題が、ニュートリノに小さな質量があることでおこるニュートリノ振動によるもので間違いないことを示しました。

また、カムランド実験で地球内部に存在するウランやトリウムの崩壊で生成される反電子ニュートリノを世界で初めて観測し、ニュートリノを使って地球内部ダイナミクスの理解や地球形成・進化の理解を得るニュートリノ地球科学という新分野を開拓しました。


【用語解説】

カムランド実験
岐阜県飛騨市神岡町の地下にあったカミオカンデ実験が終了した後に、空洞を一部拡張して建設された実験装置。1,000トンの液体シンチレータという発光物質で満たされている。液体シンチレータの発光効率が非常に高いため、スーパーカミオカンデなどの水チェレンコフ測定器よりエネルギーの低い原子炉ニュートリノや地球ニュートリノの観測が可能になった。
ニュートリノ振動
素粒子ニュートリノに質量がある場合に、飛行中にその種類が周期的に変化すること。
カムランド実験のイメージ図
カムランド実験のイメージ図。球形のタンクの中に1,000トンの液体シンチレータが充填された透明プラスチック製容器が設置されている。ニュートリノ反応の結果放出された電子が液体シンチレータ中を走ると液体シンチレータが発光し、その光を光電子増倍管で検出する。この装置を使って、原子炉で生成される反電子ニュートリノと地球内部で生成される反電子ニュートリノを観測した。

第2部第5分科

氏名

十倉好紀(とくら よしのり)

十倉好紀

現職等

理化学研究所創発物性科学研究センター長、東京大学国際高等研究所東京カレッジ卓越教授

専攻学科目

固体物性学・電子工学

主要な学術上の業績

工学においては新物質材料および新物質機能開発は物性物理学研究の一端として極めて重要です。トランジスタや強力磁石はそれらを構成する固体材料中の電子の振る舞いを制御することによって開発されました。十倉好紀氏は、固体中の電子を効率よく制御することにより、外部刺激に対して高速に応答する強相関電子系と呼ばれる新物質群創生の原理を開発し、物性物理学の分野に新しい概念をもたらし、また主導してきました。

強相関電子とは、固体中の多数の電子が、電子の負電荷同士の間にはたらくクーロン力によって互いの運動を強く抑制している状態を指します。強い相関の極限では、各電子は原子に張り付いて、その固体は絶縁体となりますが、一方、電子の移動性がクーロン力を超えると、電子固体は融解して金属状態が出現します。このような系では新規で巨大な応答・物性・機能が発現し、驚くべき新電子機能―高温超伝導、超巨大磁気抵抗、巨大電気磁気効果など―が巨大応答となって出現します。十倉氏は、強相関電子物質の開発と新しい電子機能の開拓に関して、独創的な成果を次々と挙げ量子物性科学分野を創成してきました。


【用語解説】

クーロン力
2つの荷電粒子間にはたらく力。力の大きさは距離の2乗に反比例し、両方のもつ電荷の積に比例するというクーロンの法則に従う。電荷の符号が正負であれば引力となり、同じであれば反発力(斥力)となる。
強相関電子系とは

氏名

天野浩(あまの ひろし)

天野浩

現職等

名古屋大学未来材料・システム研究所未来エレクトニクス集積研究センター長・教授、名古屋大学特別教授、名城大学特別栄誉教授

専攻学科目

半導体電子工学

主要な学術上の業績

約60年前に赤色LEDが誕生し、材料組成の選択により緑色LEDも生まれましたが、光の三原色の最後の1つである青色LEDは長期にわたり実現できませんでした。天野 浩氏は、赤﨑 勇氏とともに、青色LEDの実現を目指し、赤﨑氏の指導の下、天野氏独自の工夫によって窒化ガリウム(GaN)結晶を高品質化する手法とこれをP型化する手法を見出し、1989年にGaN系青色LEDを初めて誕生させました。これが契機となって、青色LEDとこれを蛍光体と組み合わせた白色LEDが製品化され、表示と照明技術が一変しました。その後、GaNに加え、窒化アルミニウム・ガリウム(AlGaN)も活用した紫外発光LEDや青色半導体レーザなどの研究開発も先導し、青色光や紫外光を用いた情報記録と読出し、化学反応の制御や殺菌などの新技術の発展にも大きく寄与してきました。また、AlGaNやGaNを用いた高速の電力制御用の素子の研究開発でも先導的役割を果たしており、エネルギー消費の削減や生活の質の向上に繋がる技術開発を通じ、持続可能社会の実現に向けて卓越した貢献をなしています。


【用語解説】

LED
負の電荷(電子)が多く存在するN型半導体と正の電荷(正孔)が多く存在するP型半導体を接続した素子はダイオードと呼ばれている。このダイオードに外部 から電流を流し込むと、N型半導体とP型半導体の接合部分で、電子と正孔とが結合し、光の粒(光子)が発生する。電気エネルギーを光のエネルギーに変換するこの素子を発光ダイオード(LED:Light Emitting Diode)と呼ぶ。半導体の種類を適切に選択すれば、発光波長を選ぶことができる。
青色LED
青色を発光する機能を持つLED。青色LEDの実現には、金属ガリウムと窒素が化合してできたGaNと関連物質が最適であることが指摘されていたが、1989 年に天野・赤﨑両氏が成功するまで、正孔を多く含むP型GaNを形成することができず、実用に耐える青色LEDは存在しなかった。1989年に初めて誕生したP型GaNとそれ以前から存在していたN型GaNとを組み合わせたダイオード構造により、青色発光が可能となった。
GaN結晶の高品質化とP型化
1985年、天野氏はサファイアを基盤として用い、通常よりも低い基板温度で平坦性に優れた窒化アルミニウム(AlN)結晶薄膜を成長し、その後に、高温でGaN結晶を成長すると、純度も平坦性の両面ですぐれた結晶が得られることが見出された。その後、マグネシウム入りのGaN結晶に低速電子ビームを照射すると、結晶内に正孔が現れ、P型化することが見出され、GaN系の物質を用いたPN接合が実現された。
波長274nmの深紫外レーザダイオードの室温連続発振

名古屋大学未来材料・システム研究所と旭化成(株)が共同で開発に成功した波長274nmの深紫外レーザダイオードの室温連続発振の様子。

第2部第6分科

氏名

磯貝彰(いそがい あきら)

磯貝彰

現職等

奈良先端科学技術大学院大学名誉教授

専攻学科目

生物有機化学

主要な学術上の業績

磯貝 彰氏は、農業生産に直接間接に関わる微生物、昆虫、植物の多様な機能を超微量で制御する、数多くの新規の生物間相互作用物質内在性生理活性物質の構造と機能を明らかにしました。例えばキノコの一種であるシロキクラゲや、動物腸管に感染する細菌の一種である腸球菌において、性的接合または凝集を介して遺伝子交換を引き起こす化学因子を発見して構造を解明し、腸球菌についてはこの菌の薬剤耐性化機構の解明に貢献しました。さらに、多くの高等植物が咲かせる両性花で、自家受粉によって遺伝的多様性が失われるのを防ぐ自家不和合性の機構を物質面から追求し、アブラナ科植物とナス科・バラ科植物のそれぞれが、異なるやり方で花粉の自己と非自己を識別する雌しべ側、雄しべ側のタンパク性因子とその遺伝子を同定し、それらの相互作用の詳細や情報伝達システムを明らかにしました。この仕事は国際的に極めて高く評価され、その成果は作物などの育種に活用され始めています。


【用語解説】

生物間相互作用物質
微生物と植物、微生物と昆虫、微生物と微生物、植物と昆虫などのように、異なる生物間で起きる諸現象について、その現象を微量で制御する化学物質。スクリーニングなどの手法を用いて、有効物質を探索する手法もとられる。
内在性生理活性物質
生物の示す諸現象が、その生物の本来的に持つ内在性の物質で制御されている場合の化学物質。それらは、ごく微量にしか存在しない低分子有機化合物の場合も、また、タンパク質のような物質の場合もあり、研究手法の多様化が必須となる。
両性花
ひとつの花の中に雄しべと雌しべがともにある花をいう。種子植物の大部分は両性花であり、自家受粉が起きやすい構造を取っている。自家受粉では種の遺伝的多様性が失われていくことになる。
自家不和合性
植物の両性花において、同じ花の雄しべと雌しべの間では受精が成立せず、種子の産生には他の個体からの花粉が必要な性質を自家不和合性という。それにはいくつかの様式があるが、基本となるのは雌しべと花粉の間で自己と非自己を識別する分子機構である。
アブラナ科における自家不和合性の機構

アブラナ科における自家不和合性の機構:
雌しべの柱頭で花粉の自他が認識され、他個体の花粉に限って花粉管が伸長して核が移動し、その先端が雌しべ基部に達すると受精が起こる。