日本学士院

第59回公開講演会講演要旨

1) 国際的な子の奪取に関するハーグ条約と国内実施法  竹下守夫

   世界のグローバル化が進むと、人の国際的移動が活発となり、それに伴って国際結婚が増加するが、同時に、その国際結婚が破綻し、一方の親が、他方の親の同意を得ずに国境を越えて子を連れ去る事件も増えてくる。このような事件は、国際的な子の奪い合いという不幸で深刻な事態に発展するため、これをどう解決するかが、1970年代以降、世界各国の共通の課題となった。
そこで、1980年に、子の利益を中心とする問題の解決を目指して、「国際的な子の奪取に関するハーグ条約」という国際的なルールが定められた。 我が国は、これまでその推移を慎重に見守って来たが、本年の通常国会で、この条約への加盟が承認され、そのために必要な国内的措置を定める条約実施法が制定された。これからは、外国での結婚の夢が破れて子供を連れて日本に帰ってきた日本人、日本での国際結婚が破綻して子供を連れ去られてしまった日本人は、どういう地位に立つのかを考えて参りたいと思う。

2) くすりと長寿   大塚正徳

    日本人の平均寿命は明治、大正期には40代前半であったが、昭和に入ると延び始め、特に戦後は急激に延長した。このような寿命の延長に大きな貢献をしたものの一つは、くすり(薬物)である。
例えば長い間、死因の第一位であった結核による死亡はストレプトマイシンの出現により激減した。結核に次いで更に長期間、死因の一位となった脳血管疾患(その主体は脳出血)の減少にも高血圧治療薬が大きく貢献している。私の専門は、脳・神経系において情報を伝える神経伝達物質であるが、この分野においても多くの重要な薬物が新しく発見され、パーキンソン病、うつ病、統合失調症(精神分裂病)、不眠症などを改善し、生活の質を高めるのに役立った。これらの薬物の発見、開発の歴史についてお話ししたいと思う。