日本学士院

第53回公開講演会講演要旨

1) 医療事故と裁判―医療の進歩に裁判は対応していけるか―   中野貞一郎

  科学・技術の急速な進歩のなかで医療の著しい高度化・専門化が進んでいる。しかし、万全を期した医療が必ずしも常に成功するとは限らず、医療を受けた人の身体や生命に受けた損害の賠償を求める訴えが提起された場合には、裁判所は、当事者が争うなかで、事故がだれのどのような行為によってどのように生じたのかを調べ、医療上の過失や損害発生に至る因果関係の存否等を判断しなければならない。裁判官は、医学や医療の高度に専門的な知見を有せず、裁判には時間的な制約もある。そこで、医療事故紛争の解決のために必要・適切な裁判上の手続きを定立する努力が、立法と実務の両面に亘って展開されている。さらに、医療事故紛争の特質に応じた裁判外紛争解決制度への動きも活発となってきた。これらの現況を見渡したうえで、今後を展望してみたい。

2) 化学の功罪   野崎 一

  化学と深い縁が出来てからほぼ70年になる私の人生を通して、化学が人間の暮らしに及ぼしたメリット、デメリットを振り返り、今後を展望したい。戦後の再建の中で、石油化学の勃興が果たした役割は、実に目覚ましいものがあったが、衣食住のあらゆる面で重大な負の影響をももたらした。例えばプレハブ住宅、塩素系農薬が浮かんでくる。化学物質、残留農薬の問題である。要は作った化学者ばかりを責めないで、モノの賢い使い方を皆で見付けよう、ということである。