日本学士院

第41回公開講演会講演要旨

共通テーマ より安全な社会をめざして

1) 安全科学・工学における諸問題   横堀武夫   

 用語の分類は少数個の原理によって行いにくく、また永遠に不変のものではないと思います。しかし、科学の発展の段階において、諸問題との係り合いのもとで、行った方がよいという前提に立ってお話し致したいと思います。
安心、安全、信頼性、ライアビリティー、規格、基準など、あるいは、それらの基盤的概念としての科学、工学、技術といった用語について先ず考えてみたいと思います。さらに、構造物事故、プラント事故、航空機事故、自動車事故、医療事故といった、さまざまな分野での人為ミス(ヒューマンエラー)の占める割合についての調査表の考察、人為ミスと呼ばれる内容の分析、構造物など事故調査の経験、人工物の破損にからんだ事故の対策としての規格や基準における未解決な問題点、学理としての、ものの破損、破壊の今後の研究方向に対する提案、破壊という学問と社会との係り合いという命題、これらの諸問題解決のための提案などについて述べたいと思います。

2) 安全と法律   塩野 宏

 安全は法或いは法律学にとって、古くて、新しい問題です。
もともと、国家の存在理由として、国家、社会、国民の安全を確保することが挙げられます。日本でも近代法が成立した当初の明治憲法の時代に、公共の安全と秩序を守る法は、警察法と名づけられ、行政法学の最も重要な法分野となっていました。
民法でも、不法行為法の主な役割は、直接には、加害者の損害賠償責任の追及ですが、それは、結局のところ、他人の不法な行為から、自分の生活の安全を確保することを目的とするものです。法律学はこのように個別の法律分野ごとに、安全の問題に深くかかわってきましたが、安全工学に匹敵する安全法学といったような学問分野はこれまで作られてはきませんでした。
安全はしかし、法律学にとって、きわめて新しい問題でもあります。その原因は、科学技術の目覚しい発展と消費社会の登場に由来します。そこで、民法における製造物責任法の制定や、行政法における食品安全委員会の設置など新たな試みがなされてきています。しかし、現在では、個別分野の研究を超えた、法学の中での安全に関する学際的研究の必要性が認識されてきているのです。
このような状況を背景にしながら、安全問題に関する法の役割を検討してみます。