はじめに
日本学士院は、教育・学術の進歩発展を図るため、明治12(1879)年1月15日に創設された東京学士会院をその前身としています。日本には江戸時代、徳川幕府下に昌平黌や蕃書調所など官立の学校があり、すでにこれが当時として一種の学士院及び大学の機能をもつものでありましたが、19世紀以降、欧米諸国との交流が開け、日本が近代化の途をたどるに際して、時の政府が教育文化の欧化に意を用い、東京学士会院を設立しました。
明治39(1906)年、東京学士会院は、帝国学士院と改称、規模組織大いに拡充され、欧米諸国のアカデミーの諸機能をほぼあわせもつ学術機関として発展するに至りました。すなわち、内は日本の学術の全般に関し、政府の諮問に応じ、答申、建議するほか、すぐれた研究に対する授賞の制度を創設し、独創的な研究に対する資金補助を開始してこれを奨励し、また、新知見を総会に報告若しくは紹介して、これを記事に集録し、世界の学界に速報したり、重要な論著を出版して、学術の振興に寄与してきました。外は万国学士院連合会に加盟して国際学術の交流に力を尽すなど、まさに本邦学術の内外に代表する機関として重きをなすに至りました。
第二次大戦後、連合軍の占領下にあって、昭和22(1947)年、帝国学士院は、日本学士院(にっぽんがくしいん)と改称、日本学術会議が設置されるに及んで、一時期同会議に附置されましたが、昭和31(1956)年、日本学士院法の公布により、本院は再び独立、碩学優遇の府として、また学術の発達に寄与するための必要な事業を行うべき機関として、授賞、紀要発行、国際学士院連合における史料編纂活動、外国アカデミーとの会員交流などの諸事業を続行してきました。昭和49(1974)年、現学士院会館の落成、ついで昭和54(1979)年1月には創立100年を迎え、天皇陛下の御臨席を仰ぎ、記念式典を挙行しました。これを機に碩学の府として、本院事業の一層の充実に新たな意を注ぎ、公開講演会の実施、エジンバラ公賞ならびに学術奨励賞の創設など新規事業を加え今日に至っています。
今後とも日本学士院の諸活動に対しまして、御支援と御鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
日本学士院長 久保 正彰




